第588話
そもそも見えてないだけで実は子供が七人程いるのだが?
逃げ足に……問題は無いかもしれないが、どう言ったところで子供なのだ。
体力的な問題が出てくる筈だ。
少なくとも冒険者であるこいつらが、こんなにボロボロになっても逃げ切れてない時点で子供が避難するには無理がある。
ああ、だから二人でさっさと逃げろ的なことを言われてんのか……。
どうしようかと迷っている間に、放り出した包丁を拾ってこちらに寄ってくるトト氏。
……まさか参戦するとか言わないよな?
俺の疑いを余所に、トトは困惑の表情で言ってくる。
「なあ、包丁持ってきたけど?」
今じゃねえよ、明らかに今じゃねえだろ? なんだお前は? 無敵か?
呆気に取られたからか、ついつい気になっていたことが口を衝く。
「なんでそれ血が滴ってんだよ……」
「父ちゃん、ちょうど魚を捌いてるとこだったから。あの怪しげな二人が肉獲ったって言ったら貸してくれた。ちゃんと分け前貰ってこいよ、ってさ!」
自然と取り分を減らすんじゃねえよ! ……じゃなくてだな?
気絶させ過ぎて死んだかもしれない猪を地面に置く。
……いや包丁差し出してくんじゃねえよ、じゃあ捌くか、ってわけじゃねえから! なんだ、ええ? 俺はそんなに悠長に見えんのか? おお?
しかし持たせとくのもどうかと受け取ったデカい肉切り包丁を持て余していると、森の奥からぞろぞろと子供達に連れ立ってフランが出てくる。
その表情は真剣で……どうやら話は聞こえていたらしい。
さすがに杖を取り出してはいないが、それもいつまで持つのやら……。
このお嬢様、お人好しだからなぁ。
そんなシリアスお嬢様が口を開く。
「レライト」
響きには悔しさと申し訳なさが伴っていた。
「わかってるよ。最善を尽くします」
へえーへえー。
念の為、魔力を練り上げて強化係数を三倍に上げようと試みる。
――――いっ…………?!
ダメだ。
本当に強化されているのか不思議な程に体に痛みが走る。
しかも痛みの種類が初めてのもので、思わず強化魔法ごと解除してしまう。
……なんだろうな? ……――まさか目覚めちゃったとか言うまいね?!
冗談はさておき、これで戦闘出来るかどうかなんて議論するまでもない。
……仕方ねえか、あるもんでなんとかするのが主夫だもんな? 俺まだ相手の宛もないのに……。
強化魔法を再発動。
しっかり両強化を二倍に調節して身体能力を上げておく。
再び上げた五感のセンサーが、川の向こうから近付いてくる何かをキャッチした。
荒い息遣い、しかし疲れてはいないのか動きは機敏で、時折足を止めては強く息を吸う……臭いを嗅いでいる? 何かで……その精度は高いのか、迷う素振りがなく真っ直ぐに川へと向かってくる――
複数の獣臭。
二足歩行? 人型か? ゴブリン? オーク?
「フラン、子供達を頼む。ちょっと参戦してくるわ」
「……うん」
なるべく軽さを意識して掛けた声は、しかしなんか重みがあるように受け取られた。
思わず振り向く。
「大丈夫か? おい、しっかりしろよ? 油断するとこいつら逃げ出すぞ?」
ドキリと言わんばかりに動きを止めたのは、トト以外の六人。
うん、まあ……それが正解っちゃ正解なんだが、今回の場合はうろちょろされると守りにくいのでヤメて。
しっかりとした危機管理能力は時として徒になるんだなぁ、勉強になるよ。
鼻息荒く『自分も……』とばかりに画策するトトの首根っこを押さえていると、苦しさを吐き出すようにフランが言う。
「……またあんたを頼るわ」
「気にすんな……って言っても気にする奴は気にするかあ……う〜ん」
別に頼られても構わないんだけど……そもそも――
「そもそも人間なんて助け合ってなんぼなところがあるしなぁ」
俺も狩りではよくお世話になっている立場なので……なんでか毎回ターニャが成果を訊いてくる度に忸怩たる思いを抱くわけですよ。
まあ、本当に危機的な状況で……全く知らない他人の世話まで焼くほどじゃないけどね。
あんな危なそうな杖を使われるぐらいなら――ってところはある。
そりゃね?
それをフランも分かっているからこその表情なんだろうけど……。
なんだか悔しさに打ちひしがれている子供のような表情のフランを、ついつい撫でてしまったのはお兄ちゃん気質だからか――
ペシッと弾かれてしまったのも致し方のないことだろう。
「……子供扱いしないで」
「へっ、まだ成人前に言われてもなあ」
「直ぐに大人になるわよ、見てなさい?」
「へえーへえー」
元気になったフランから視線を切ると、注目していた子供達の一人……案内役だった少女が言う。
「ちゅーする?」
「いや、しないけど」
「し、ししししないわよ?! こんなところで……人の目も……」
嫌だなぁ、これだから思春期は。
なんでもかんでもラブだかピンクだかに繋げちゃってさ。
興味津々に見逃すまいとしている案内役の少女が、これからの人生で出来ちゃった婚をしないように諭しておこう。
俺は少女の前で視線を合わせるように腰を下ろすと、首根っこを掴んでいるトトを突き出して言った。
「いいかい? ノリと勢いで行動すると碌なことにならないからね? 具体的にはこういう奴になる。わかったかな? 大切なのは稼ぎなんだ。いやマジで。自分の家と畑を持ってる奴のところに嫁ぐのがいいよ。一時の恋情に流されることなく、残ってくれる畑持ちに! 飛び出して帰って来ないバカじゃなく! ずっと一緒だった畑持ちに嫁ぐのが――――ッッッ!!」
「なんか必死過ぎて怖い」
さーて、魔物だか群れだかをブッ殺してくるかな?
おじさんヤる気になっちゃったよ。
ついて来られると困る偽テッドをフランに放り投げて、小走りで冒険者達の方へ走り寄った。
なんかよく分からん塗り薬を剣に塗っていた赤髪に声を掛ける。
「ちわ。ここ空いてますか? 参戦希望です。当方、レイド戦規約バッチリ。分け前は二分で構いません。独身、魔法使い、彼女もいませんワラ」
「はあ?! いや逃げっ――?! なんか人数が増えてやがる!」
見てなかったのか?
まあ、それもそうか……なにせ警戒すべき相手は川の向こうなわけだもんな。
俺が声を掛けた赤髪の冒険者以外は、こちらを一瞥もすることなく川の向こうを睨んでいる。
引っ張ってきた魔物が向こうに居ると分かっているのだ。
どうやら臭いを消す狙いでもあったのか、こいつらは川を渡ってきたようだ。
それにしては濡れている感じではないので、随分と長いことここに居たのだろう。
たぶん、川を渡ってから安心したのか体力が限界に達したかで休んでいたんじゃないかな?
……なんか途中で邪魔しちゃってごめんね?
「来たぞ!」
緊迫する声に押されて、川の向こうへと目を向けると……森から赤い目をした赤茶色の毛玉――
四本腕の猿が現れた。
涎を垂らす口は歯を剥き出しにして唸り声を上げ、醜悪な顔と赤一色に染まる目が怒りを表していた。
森から踏み出す猿の数は一体、二体と増えていき――
川の傍に来るまでに数十体がズラッと並ぶまでになった。
更に困ることに……。
…………なんかまだまだ居るんだけど?
強化された感覚が、未だ足らないとばかりに膨れ上がる魔物の数を察知していた。
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