第591話


「ま、魔法持ち…………いや、魔法使いか?!」


「ありがたい! どんどん撃ってくれ! あいつらもある程度の被害を被れば帰ってくれる筈だ……!」


 喜びに湧く冒険者達は、俺の言葉を冗談のように捉えたのか現実的な策を提示してくる。


 彼らには申し訳ないが……それだと効率が悪い。


 身体能力強化、肉体強化、風の刃、強風――――これだけ魔法を重ねると魔力の減少も著しいのだ。


 といっても、強化係数も少なく……減少も百が九十九になる程度の減り方なのだが…………ぶっちゃけこっちの世界って何があるか分からないところがあるし……。


 魔力は温存しておくに越したことはない。


 決して俺の運が悪いとかじゃなくね?


 あと俺の魔法で一番威力を発揮出来るのは肉弾戦という矛盾も存在していてだね?


 手っ取り早く相手の数を減らすには、敵陣の中で暴れ回るのが最も効率が良いという不思議。


 ……魔法ってなんだっけ? プロテインの一種ってことで間違いないかな?


 腰を上げたことで猿共の視線を独り占めすることになった心境を軽口で誤魔化す。


 ……勝てる勝てないとは別に、これだけの数の視線に晒されるのって単純に怖いなぁ。


 あの目隠れローブが欲しくなる。


 …………あれ返ってくるのかなー?


 体の凝りを取るように、冒険者達の言葉を無視して屈伸を繰り返す。


 猿共の視線が俺の動きに釣られて上下に動く。


 お、どうやら俺を当面の目標としてロックしたみたいだな……これが野生の勘ってやつかねぇ?


 戦い方で言えば、俺とこの冒険者達は似たり寄ったりな経験値である筈だ。


 それでも警戒するのは俺というのだから、魔物の感覚も馬鹿には出来ない。


 まあ、目をつけられちゃ仕方ない……。


「買ってやるぜ、この喧嘩」


 呟いて駆け出すと、川を前にして跳び上がった。


 戦術としては奴らと同じく――投げられたボールのように川を越えていく。


 予期していたのか、今度はこちらの番だと投石を始める猿共。


 当然の対応だ。


 しかし――


 ――――残念ながら、これは真似出来まい。


 群れを為す投石が視界を埋め尽くす前に、俺の体を始点とした暴風を魔法で生み出した。


 幾分か勢いを減らすことは出来たが、速球も斯くやと言わんばかりの投石の群れはそれでも俺の体へと襲い掛かる。


 オッケー! 予想通りだ、大したことない!


 衝撃は思ったよりも少なく俺へのダメージにはならなかったが、しかし投石が当たったことで体の勢いは落ちていく。


 更に勢いを上げるべく、今度は背後から生み出した風が――俺の体を対岸へと届かせた。


 着地も早々に歓迎するとばかりに雄叫びを上げた猿共が、連携もクソもなく数で押し潰さんと飛び掛かってきた。


 最も早く襲い掛かってきた一匹へと集中する――――


 一度に四つもの打撃を重ねる猿も、強化魔法で高めた集中力の世界には割り込めず。


 彫像のように空中で動きを止めた猿の顔へと握り拳を放り込んだ。


 猿の顔が、思ったよりも軽い音を響かせて爆ぜる。


 四肢を失くしたところで大したダメージになっているようには思えなかった……なら頭を潰せばどうだ――


 衝撃が肉を爆ぜさせる感覚に僅かに顔を顰めると、相手が戦闘不能になった死んだことを見定めてから次の相手へと襲い掛かった。


 パパパパパパパパ――――と連なるように肉を爆ぜさせる音が続く。


 凶悪な猿面に、分厚い腹筋に、毛深い背中に、もはや殴り合うという意識すらなく質量で押し潰さんとする猿の波に無数の風穴を空けていく。


 隙あらば噛み付かんともする猿共は、敵が己が射程に入るやいなや腕に足にとデタラメに振り回してくる。


 仲間への配慮などない打撃は、こちらの命が削れればいいといった無茶苦茶なものだ。


 普段なら拳の一振りが生み出す余波で一体と言わずに空間ごと薙ぎ払えるのだが……一段下の戦闘力じゃそこまで及ぶべくもなく。


 圧倒は出来ているが、次の波に肉薄を許すことになっていた。


 手に届く位置に獲物がいるという状況が、猿共から警戒心を奪ったのか躊躇する様子は見えない。


 次々とお仲間が肉塊に変わっていくというのに、それが何なのかと言わんばかりに襲い掛かってくる。


 お陰で周りの空間が埋まってきた。


 なるほど、確かに、数は偉大だ――


 幾ら死を振り撒こうとも、体そのものを消しているわけじゃないのだ。


 敷き詰められる空間に無数に飛ぶ打撃は、いずれ俺へのダメージになるだろう。


 中には仲間の死体を投げ付けてくる猿までいるのだから。


 ここに留まるのは良くないな。


 練り上げられた魔力に次の魔法を命じた。


 瞬間――――足下から現れた炎の柱が天を突く。


 俺諸共、塊となって襲い掛かってきた猿ごと炎の柱に沈めた。


 当然だが奴らは早々に踵を返して川へと飛び込んだ。


 そこに冒険者達が撃ったボーガンの矢が飛来する。


 なまじ知恵があるだけに水へ飛び込むと思ったぞ!


 崩れた包囲網を突破するべく、燃え上がる体を気にもせずに森へと駆けた。


 瞬時に頭から魔法で生み出した水を被る。


 なんて使える魔法なんだろう『バケツ三杯』、今までゴメンな?


 強化された皮膚は熱が伝わる前の炎をダメージとしなかった。


 包囲網を抜ける俺へ怒喝の声を上げる猿をブッ飛ばしながら森へと飛び込んだ。


 川辺りだと冒険者やフラン達を竜巻に巻き込んでしまう。


 一番良いのは――――この集団の中心。


 森の中で『風の刃✕竜巻』を発生させることだろう。


 それでだいぶ数を減らせる筈である。


 それにしても……こいつら多過ぎないか?


 確実に五十匹は殺した筈だが……?


 出来れば川辺りにいた猿共は一掃してから向かうつもりだったのだが、後から後から出てくる猿共に先に音を上げてしまった。


 感じ取っていた気配的には居て三百ぐらいに思っていたのだが……。


 明らかに想定を越えている。


 ちょっと俺の居た国と……というか他の国と比べても、魔物のスケールが違い過ぎないか?


 浮かび上がる疑問も、けたたましい雄叫びを掻き消され……流れるように――誘われるように森の奥へと進んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る