第585話
「あんたって本当にデタラメよね」
失礼な。
「いいか? 奴は額にダメージを負っていた……そこに寸分違わず打撃を重ねれば、如何に弱い威力だろうと打ち抜けるって寸法さ。これは
「一撃でバキッて言ってたけど?」
「あのね、トトが叩いたのお尻だよ?」
「猪は額が一番硬いって父ちゃん言ってたけどな……」
子供は嫌いですよ、なんなんですか? 倒せりゃいいじゃないですか?
弱肉強食焼肉定職ですよ、違うんですか?!
木から降りてきた子供達がワラワラと笑々している。
何故か知り合いの少年を救ってやった俺でなくフランの方へと侍っているのは……きっと顔面偏差値という残酷な現実のせいだろう。
……ハハハ、怖いとかじゃないさ、きっと。
未だにピクピクと痙攣している猪を抱えて定職を果たすために行軍しているところだ。
さすがに臭いが残るし、血や臓物も処分したいので川に案内してもらっている。
先頭を歩くのは茂みに隠れていた少女である。
助けてやった日焼け少年――トトは、猪を捌くための刃物を借りてもらいに村へと走らせていた。
……たぶん借りれないんじゃないかなぁ。
刃物が借りれないから木の棒なんて装備だったのに……あいつ将来あれで死ぬぞ。
それどころか適度に怒られる未来まで見えている。
まあこれも良い教訓だろう。
俺だって謹慎という名の拷問にあったんだ。
あいつにも少しぐらいの苦い経験があってもいい。
幸いにしてロープや桶なんかは準備していたと言うので、解体の方はなんとかなりそうである。
倒せるかどうかはともかく、食う気は満々だったというところに田舎を感じてしまう。
俺の幼馴染達にもそういうとこあったよ……。
偶に思い出したように暴れそうになる猪の意識をデコピンで飛ばしながら川へと向かう。
森……というには見通しが良く、動物が少なく思えるのは手入れが行き届いているからなのか……。
適度な伐採と討伐を繰り返しているのか、傍目に大きな木々は無く、また獣もいない。
時折驚いた兎が逃げていくぐらいだ。
海までの道を切り拓いているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……。
随分ときちんとした整備だと思う。
東側というか帝国というか……こっちはは色々と進んでんだなぁ。
危険な森というよりピクニック気分で行軍出来るというのだから、我が村とは凄い違いである。
「この先だよ」
先陣を切る女の子が水の流れる音が聞こえてきた先を指差す。
そろそろ川に着くらしい。
さて……ならばこの辺で訊いておかねばなるまい。
「ところで君達……働かざる者食うべからず、このお肉は僕達の物だよ? 君達は何を提示出来るのかな?」
「わたし! 案内した!」
「道具! 道具貸すじゃん!」
「塩! 塩持ってるもん! 胡椒も!」
ハイハイと我先に手を上げる子供達へニマニマと笑いを浮かべる俺に、呆れたような表情を顔に貼り付けたフランが言う。
「分けてあげればいいじゃない……そんなに食べ切れないでしょ?」
「いやそれは良くない。というより、食い物をタダで貰えるという発想が庶民にはそもそも無い」
「……そんなもの?」
ここばかりは『そうそう』と言わんばかりに子供達も頷く。
獲物の分け前に至っては殊更厳しいのだ。
マジで肉抜きなんですよ……酷過ぎない? 異世界。
まあそれを踏まえずとも、食料をタダで分けてくれるのなんてドゥブル爺さんぐらいなんだけどね。
あの人、マジで子供に甘いからなあ。
エノクが皆の兄貴分的に優しいのとは違って、ドゥブル爺さんは本当に見返り無しで食べ物をくれる。
ある程度の年齢になるとそれに甘えるのも良くないって分かってくるんだが……。
ここの子供達はしっかりしてるよ。
…………あわよくば流れでご相伴にあずかろうとしていたところも含めてね。
我が手柄と声を大にして交換条件を主張する子供達に頷きながら茂みを一つ二つ抜けていると……すっかり嗅ぎ慣れた感のある鉄臭い匂いが流れてきた。
お、先客かな?
子供が知っている水場となったら大人だって知っているだろう。
「誰か居るみたいだぞ? 他に狩りに出てた奴でもいるのか?」
未だに己が手柄を主張している子供達に問い掛けると、案内役の少女が素早く手を上げた。
「ハイハイ! わたし分かるよ! 今日はいない! もう少ししたら街に行くって言ってたから、大人は皆捕った魚を塩漬けにしてる!」
「お、じゃあ別の獲物かもな……」
水場を使うのは何も人間だけではない。
痛手を負った獣が傷を癒やしている時もある。
僅かに感じられる呼吸音からも、その可能性は高いように感じられた。
俺の言葉に素早くフランの周りを陣取った子供達は優秀だと思う。
……もしかしなくとも杖を持ってるから頼られてるのかもしれない。
現金な奴らだな。
そう考えるとトト少年の方がカモられていたように思えるのだから不思議だ。
そっと足音を殺しながら、呼吸音の主が見える所まで忍び寄った。
木々の隙間からは――――川幅が二十メートル程のそんなに深くない川と……傷を負っているのかグッタリとしている冒険者っぽい風貌の男が四人、川の近くで休んでいるのが見えた。
案内役の少女を手招きして呼ぶと、知り合いかどうかの確認をしてもらう。
手を口に当ててダンマリを決め込む少女は、しかしハッキリと分かるように首を横に振って否定の意を俺に示した。
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