第581話


「出来りゃあ武器を持っとりゃせんか?」


 村長だと言う恰幅のいい髭の爺さんが、買い取ってほしいと差し出した品々を見ながらそう言った。


 案内された村長宅で交渉中である。


 村の中心というには海寄りの、ちょっと大きめの平屋だ。


 村への侵入に驚かれることがなかったのは、海に面している故に何年かに一度はそういうこともあるからだそうだ。


 ただ見張り自体は居たらしく、俺達の上陸もバッチリ目撃されていたと言う。


 さすがに小舟で近付いてきた女子供二人を、賊だなんだと警戒はしなかったとか……。


 まあね? この爺さんからしたら俺も小童こわっぱみたいなもんだろうけど。


 顎髭をしごきながら次に村長が見つめたのはフランだった。


「こ、これはダメよ! 売り物じゃないわ」


 そう言って咄嗟に杖を抱え持つ辺り、それが武器だという意識はあったらしい。


 不思議だね? それを命の恩人に向けるっていうんだから? うん? ええおい?


 しかしながら皮肉げに口元を歪める村長の狙いは違うようだった。


「ハン! そんなもん売って貰っても使える奴はおりゃせんわ! そうじゃのうて、あんたはなんか持っとりゃせんのか言うとんじゃ」


 いや言ってはなかったよ。


 そこでようやくフランが背負っている小さなバッグに目をつけたのだと分かった。


 うん、まあ、基本的に売り払うつもりの重い物は俺が持ってたからなぁ……俺の背負い袋の中は吐き出してるし、残りもよくある日用品となればフランの荷物に興味が移るのも仕方ないのだろう。


「なんぞ魔晶石でも持っとりゃせんのか?」


 おおい? だからってそこまで分かるもんなのか?


 思わずフランに目を向けるも、彼女も驚いたようにこっちを見ていた。


 視線で『あんたなんか言った?』と問い掛けてくる。


 いや何も言ってねえよ? 見てたでしょ?


 驚く俺達に白髭の爺がニヤリとした笑みを浮かべる。


「正直な奴らじゃのう。別に旅人が魔晶石持っとるは変じゃなかろうが? しかしそんな反応されたら、武器になる魔晶石持っとるって言うとるようなもんやぞ? でぇ? それは売ってくれんのか?」


 うっ……実はあるんだよなあ、戦闘に使えそうな魔晶石。


 冒険者の奥の手『火』の魔晶石。


 それと……割と使えると思っている『圧』の魔晶石。


 属性によって効果を発揮する場所は違うらしいのだが、この派生魔晶石と呼ばれる特殊な魔晶石の効果はバツグンだと思っている。


 身を以て立証したからね?


 フランが見つけてきたのは『風』属性で、水中では使えないらしいのだが……陸路を行くことを考えるとむしろその方がいいまである。


 逆に『水』属性なら水中でしか効果が出ないんだと。


 ……あの時、海面を抜けていればギッチギチに固められることもなかったのかぁ。


 なんとも……知らないというのは怖いもんだ。


 しかし武器としては使い捨ての効果しかないのが魔晶石の短所だろう。


 それでも村長の視線は、高価そうだと持ってきた品々よりもフランに固定されている。


 どうにも武器は美術品や芸術品よりも需要があるらしい。


 ミスったなぁ……じゃあ武器を持ってこればよかったじゃん。


 もはや彷徨う船と化した護衛船の一室に、宝の山と積まれた武器や装備の数々が思い浮かぶ。


 大抵そうなんだよ、選ばなかった方が後々必要になんの……なんなの?


 逃した魚はなんとやら……なんてことわざが生まれるぐらいなんだから、人間ってのはやらかしちゃうのが必然なのかもしれない。


 しかも今は何故か俺の魔法の調子……というか体の調子?


 とにかく普段通りのパフォーマンスが出せない状態にあるのだ。


 だからなるべくなら攻撃系統の魔晶石を手放したくはなかった。


 使えば死ぬとかいう馬鹿げた杖を持ってるご令嬢もいることだしね。


「そんなに武器が必要なんですか?」


 だからってわけじゃないけど、ついついとそんなことを訊いてしまう。


 せっかく持ってきた品が売れそうにないってのもあるかもしれない。


 買ってくれよう……純銀のコップとか、宝石っぽい石の付いた絡繰り箱とか……売れると思うやん?


 鋳造っぽい数打ちの剣より高いと思うやん?


 ぶっちゃけ少しボられても構わないと思ってきただけに、村長の反応にショックだよ。


 金属バットと貴金属、どっちかタダで貰えるんなら絶対に後者でしょ?


 こちらの疑問に、村長が当たり前だと言わんばかりの表情で答えた。


「お国が戦争なんて余計なこと始めよったからなあ。出兵した若い奴らに武器を与えて、村の武力が落ちとる。買えるっちゅうんなら、買える時に買わにゃあ――」


「余計なことですって?」


 おいおい。


 俺の斜め後ろで『交渉は任せる』といったスタンスだったフランが、村長の言葉に噛み付いた。


 しかし村長は慣れているとばかりにチラリとフランへと目を向ける。


「そんな雰囲気はあったが……嬢ちゃん、貴族様に仕えとる口か?」


 惜しい! 貴族様本人です。


 しかも後継者指名されてる次期当主。


「ま、まあ……そんなとこよ」


 さすがに追われる立場だと理解しているのか、貴族だとバレないようにしどろもどろと言い訳をするフランさん。


 とりあえず噛み付いちゃのやめな? ねえ?


 如何にもな怪しい態度だったが、村長は別に気にならないのか溜め息を吐き出すだけで追求はしてこなかった。


「じゃあ失言だったな。忘れてくれ。別に嬢ちゃんが仕えとる貴族様を批判したいわけじゃねえ。口が滑っただけだ」


 それきりフランから視線を切った村長に、さすがのフランも追求するのは藪蛇だと思っているのか口を噤む。


 しかし何か言いたい、もしくは聞きたいとした態度なのは一目瞭然だった。


 言うなよ? 訊くなよ?


「えー……それで? こっちの品は買ってくれない感じ?」


 またもやフランが噛み付いちゃう前にと手早く商談を纏めようとする俺に、ようやくコップへ箱に目を向けた村長が答える。


「儂は買わん。だが近々街に馬車を走らせようとは思うとる。海の様子がおかしいで漁を見送っとるでの。今のうちに買い出しに出よう思うとるんだわ。よければ乗せてくが?」


 それはつまり……。


「滞在費用と運賃で稼ごうってわけだな?」


 つまりこれを街に持ってけば売れるとは思ってんだな?


 村長は何も答えず、ただニヤリと笑った。


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