第580話
どうにか怒りを抑えてもらった祟り神様を背中に、村長だと言う人物の元まで案内を願った。
二つ返事で頷いた褐色男子の後ろに付いて漁村の中を歩いている。
見るともなしに見ている村の様子なのだが……すっかりと朝日も昇った早朝だというのに、どういうことか人影は皆無だ。
「なあ、他の村人って何してるんだ?」
思わず疑問も口を衝く。
「うん? えっと……昨日なんかめちゃめちゃ海が荒れただろ? 晴れてたのにさ。だから今日は様子見で海に出ないようにしてんだ」
なるほどねー。
……めちゃくちゃ心当たりあるわ。
「不思議だよなあ? オレ、初めてだぜ。あんなに晴れてんのに風も波も強かったの! なあ? 変だったよな?」
「ふ、ふ〜ん? そ、そうなんだー……。いやでも、あるんじゃないか? そういうことも……。そ、それにしてもさ! それでも少ないように思えるけどな?! 人影! そんなに住んでる奴が多くないのかなー? ……なんて、ハハハ」
この話題はヤバいと適当に元の話題に絡めた誤魔化しが口を衝くと、予想外にも肯定的な頷きを含めた返事が返ってきた。
「あー、あれだよ。お国が宣戦布告しただろ? それの影響で戦争に行ってんだ。南の……何だっけ? なんとかとか言う国と戦うために、結構な人数で行ったから。オレの兄ちゃんも行ってんだ」
「……それは」
なんと言えばいいんだろう?
徴兵は俺の村でも行われたが、イマイチこっちの世界での『赤紙』がどういう扱われ方なのか分からない。
戦後世代に呑気に生きてきた元日本人としては、随分とセンシティブな話題に思えるのだが……。
それは母の反応からしてもそうだろう。
……でも村の男連中の反応は遠足前の子供のような、もしくは日数に余裕を持った出張のような感じだった。
まあ俺達が実際に行ったのは遺跡の発掘だったわけだけど。
ぶっちゃけ魔物もいるし、殺意しかない罠もあるから、危険度的には似たり寄ったりだと思う……。
家族が出兵したと言うのなら、その心配も一入だろう。
この男の子の声の様子からして平気そうではあるけど……やせ我慢している可能性も――
「それは随分と名誉なことね? お国のために流れる血は誉れ、傷は勲章だもの」
次の発言に躊躇している俺の後ろから、何の気なしにフランが言った。
……いやお前なあ?
「だよなー。いいなあ、兄ちゃん。オレももうちょい歳が上だったらなー。手柄を立てて……いや勲章貰って英雄にだってなれたかもしんないのにさー」
しかし答えを返す男の子の方はあっけらかんとしたもの。
……俺が考え過ぎてるだけか?
村や街といったコミュニティの外側には魔物なんて危険生物が蔓延る世界だからか、命の価値は随分と安く見積もられている。
それはダンジョンという稼ぎ所なんかで日々失われている命があるからこそ余計だろう。
そんなダンジョンでの探索者も、元の世界で言うところの派遣社員や日雇いに近いというのだから……この価値観も仕方ないのかもしれない。
まあ、だからといって納得出来るものじゃないけど。
というか普通に嫌だが?
「……そりゃラッキーだったんじゃないか? 戦争に行かなくてよかったんだから。その兄貴とやらも、手柄なんて立てることはないさ。無事に帰ってきたら……五体満足ならそれで」
なので自然と反論するような言葉が口を衝いた。
よっぽど意外だったのか、目を丸くした褐色男子が振り向いて足を止める。
「何言ってんだよ? 手柄立てる方がいいに決まってんだろ? その方がお金もいっぱい貰えるし……なにより自慢出来るじゃん。オレ、すげーんだぜ、ってさ」
「そんな自慢が何になるんだよ。金だって、地道に働けば貯まるだろ? 何もそんな一攫千金に賭けなくても……いや、命を掛けなくてもよくないか? なんかもっと他の……それこそ商売するとかさ?」
「しょーばいぃ〜? ……へっ、ダッセ」
「なんでだよ? ダサくないだろ? 商売だって大変だぞ。でも成功したら、それこそ大金持ちになれるかもしれないだろ?」
「イヤだよ! 商売人って他人にヘコヘコしなきゃいけないじゃん。そんなの全然楽しくねーよ。……なーんだ、そんなこと言うってことは、あんた冒険者じゃないんだな? キンチョーして損したよ」
溜め息も露わに、緊張しているようには欠片も見えなかった褐色男子が歩みを再開する。
ぶっちゃけこういう反応になることは分かっていた。
前世からしたら、やる気になっている子供に「お前の夢は叶う確率がとんでもなく低いから諦めろ」と言っているようなものなのだ。
……こんなこと言う大人が嫌いだったなぁ。
それでも若さがあるのだ。
失敗させろ、挑ませろ、って思っていた。
チャンスがあるなら掴ませろ、ってさ。
それでも……命が掛かってるならまた話は別だよなぁ……。
どうにも……たぶん一生、この世界で言うところの『ビッグになる』ってやつに、俺は賛成出来ないんだろう。
些か気分を害したのか、先程までとは違い沈黙している褐色男子は、しかし頼まれた案内はやり遂げると足を進めている。
「……戦いたいって言うんなら、戦わせてあげるのが礼儀ってもんじゃないの? それは、たとえ子供といえどよ」
背中から、恐らくは前世であれば肯定したであろう意見が飛んでくる。
後ろを向けば、真摯にこちらを見つめてくるフランと目が合った。
「……なんの役にも立たない自慢のために?」
「名誉は誇りよ。それだけで胸を張って死んでいけるわ。貴方は違うの?」
「『生きていける』なら賛成出来たんだけどなあ……」
やっぱりどうあっても異世界なのだと噛み締めて、俺は貴族様から目を逸らした。
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