第579話
「なんかちっさい村ね?」
「いや村ってこういうもんだから」
それは当初の目的とした港とは嘘でも思えない小さな漁村だった。
これがイーストルードって所なら話は早かったんだが……そうそう美味い話は無いんだなぁ。
小さな桟橋に、恐らくは個人の物と村所有の物である小舟が幾つも繋がれている。
一目に水流発生装置を付けてない小舟もあることから、その村の経済規模も分かろうというものだ。
寂れてんのかな? 随分と朝からの人出が少ないように見えるが……?
小舟の駐留スペース的にも船を出していないように思える。
まあそこはそれ、その村の事情があるのだろう。
こちらの小舟にも水流発生装置は付いてなかったので、オールで漕ぎながらの上陸になった。
桟橋だと目立ちそうだったから、砂浜になっている場所へと小舟を乗り上げた。
上陸一番フランが言う。
「まずは現在地の把握ね。……こんな所に村があるなんて……私も知らなかったわ」
そりゃ他領の小さな村なんてわざわざ地図に載せたりしないよなぁ。
俺達の開拓村なんて他の領じゃ微塵も知られてないからね?
なんなら一番近い街も載っていないまである。
さすがに取り引きがあるとかならまだ分からんでもないが……開拓村なんてそれこそ幾つもあるしねぇ?
俺だってその一番近い街の近くにも幾つか村があることは知っているのだが、街に行くようになった今でもハッキリと場所を知っているわけではない。
だって別に今後も行くことはないだろうし……。
嫁探しで街まで出掛けることがあるが、なんなら流通の関係でテッドやテトラがそういう村々に行くことがあるのも知ってるけど……如何せん、俺のような木っ端農民には関係が無かったからか微塵も興味が湧かず。
ぶっちゃけ地元にある有名な史跡やお寺レベルの認知度である。
帝国と言ったら大陸の東半分を治めてんだろ? 俺が住んでいる王国よりも遥かにデカいとなれば……そりゃ他領の小さな漁村の位置を把握なんて出来まい。
キョロキョロと村の様子や遠くの山にまで視線を向けているフランに言う。
「とりあえず換金可能な物は処分して進もうぜ? 荷物は少なければ少ない程いい……」
話している途中で懐かしきジト目が俺を迎え撃った。
フッ。
「残念ながら耐性持ちだ。俺には効かない」
「何言ってんのよ……。私はただ、『あんたって元はそんな感じなのねー』って呆れてたんだけど」
合ってるんだが?
予想と寸分違わぬ感想過ぎて逆に驚くよ。
「へっ、単純令嬢め。そんなんだから婚約破棄されんだよ」
「さ……?! こ、こここ婚約は破棄したの! 大体輿入れ前だから無効よ、無効!」
「腰を入れるだと? なんて品性下劣なんだ。そんなんだから、杖はしまいたまえ!」
違うでしょ? それ、たぶんそういうところで使うアイテムとちゃうねん?!
これだからファンタジー無理解女子は! なんでもない戦闘でエリクサー使っちゃう!!
ズイッと突き付けられる変な模様のある杖の先端を右へ左へと躱していると、一番近くのあばら家の扉が開いた。
思わず動きを止める我々を、中から出て来た男の子が見つける。
「…………え?」
やっべ、騒ぎ過ぎたな。
村の中に知らない奴がいつの間にかいたら、どう考えても警戒されるに決まってる。
適当な言い訳も考えていたのだが、現れた男の子の年齢が低過ぎて理屈が通用するか微妙だ。
ちょっと人影が皆無だったのが予想外と言えば予想外。
更に第一村人が年端も行かない男の子ってのが予想外その二。
在りし日のテッドを思わせる半袖半パン褐色男児は、短髪に寝癖を付けたまま髪と同じ色の瞳に驚きを貼り付けてこちらを見ている。
このまま逃げ出されたら厄介――――瞬時にそう思う俺に、予想外その三が襲う。
「すげえええええ!」
……なんか駆け寄って来たのだ。
めっちゃ目をキラキラさせながら頬を上気させ、喜びが抑えきれないと微笑みを溢しながら走ってくる少年。
…………いや、騒がれたら面倒だなとは思ったよ?
でもそれはこういう意味でじゃない。
ニコニコの少年がフランを指差しながら言う。
「あんた魔法使いって奴だろ?! 杖を持ってる! つまり――冒険者だ!」
テッドかな? それともなんだ……テッドかな?
あまりの無警戒っぷりに、幼少期の冒険者全肯定テッドが思い出される。
『知らない人に、付いて行かない喋らない』が効かないのは異世界だからなんだろうか?
それとも言い聞かせなきゃいけない歳の低さ故の経験の無さが原因かもなあ。
欠片も知り合いじゃない通行人に大声で挨拶している小学生を見たことあるけど……ビックリしたのは明らかに『あわわわ、その筋の人や?!』ってスーツの男の人にも元気良く声を掛けていたことだろう。
大声を出すということで自分の存在を周りにもアピールすることが目的なんだろうけど、それも人によるって判断出来ないのは幼さ故なんだろうかね?
超ビビったよね。
たぶん本人には『俺は人を見掛けで判断しない!』って変な正義感でもあったんだろうけど……なんか得意気だったし、でもそういう話ちゃうねん。
なんでそんなことを思い出しているかと言うと……。
恐らくはそんな無礼な口調で指差されたことがない貴族のご令嬢が奏でる空気が、あの時あの場に居た人間に共感された空気に似ていたせいだろう。
さ〜て、少年の命を助けて上げようかな。
驚きに固まった婚約破棄令嬢が再び動き始める前に、俺は少年とフランの間に自らの体を差し込んだ。
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