第578話
「いっ……きし!」
「……なによ? まだ体調悪いの?」
いざ下船となったら色々と持っていく荷物が嵩張そうなので選別している最中である。
なにせ無い袖は振れないのだ。
さすがのお嬢様と言えど下界じゃお金が必要だというのは分かっているらしく、金目の物……具体的には換金効率の良さそうな物の中で、軽くて持ち運びやすい物を持って降りようという提案に否はなかった。
わかりやすく魔晶石の各種や、お嬢様が必要だと言っている日用品……あとは個人所有であったのだろう銀貨や銅貨なんかを抜き出している。
早朝も早朝。
まだ朝早い時間とあって、海を臨む窓辺から入ってくる風には冷たさを感じるものの、寒いと言われれば首を傾げざるを得ない。
しかもここは俺の住んでいた村からだいぶ南に下っている。
まだ夏本番には遠いというのに既にかなりの暑さなので、冷たい風を心地いいとは思えど寒いと感じるわけもないと思うのだが……。
やっぱり反動が後を引いてるんだろうか?
体が弱ると免疫力も低下するというし……そういえば暑い暑いと思っていたあの黒ローブも久しく着ていない。
あれがあったら全部運べたのになぁ、という考えが肌寒さでも感じさせたのかもしれない。
無意味に積み上がる、予備の甲冑やら水際の装備を見ていたら……どうしてもそう思わずにはいられないから。
勿体ない精神ですよ……せっかく集めといたのに。
二百人という収容人数を誇る大型船だけに食糧や装備は豊富で、船内に詳しいフランもいるので探索は容易であった。
それだけに全部は持って降りれないという結論だ。
なら何度かに分けて降りるなり、なんなら船を灯りの見えた集落だか港だかに寄せるなりすればいいのだが……。
この船、舵が効いてないんだと。
推進装置の方は言わずもがなだ。
いやあ〜…………ほんとよく陸地を見つけられたよね?
寝過ごしてたら漂流生活が無事継続されるところでしたよ。
そんなわけで。
この機会を逃したら、またしても沖を漂流することになるかもしれないので急いで荷物を選別中である。
折り悪く両強化の三倍も使えないということで、フランを抱えて海の上を走るわけにもいかず。
目視出来るうちに荷物を纏めようということになった。
強化魔法はどちらか片方の三倍も無理なので、自然と出力の上限は両強化の二倍に留まっている。
片方の三倍よりも両強化の二倍の方が出力的には上なんだけど、海を走れる程にはバグってくれないのだ。
それでも充分な強さを発揮出来るというのに……何故かビクビクしちゃうのは異世界があまりに厳しいせいだろう。
そりゃ弱り目に祟り目、クシャミの一つも出ますよって。
「まあ、だからって休んでる場合でもないからなぁ……とりあえず陸地に上がってから考えるということで」
「……それもそうよね」
納得がいったのか止めていた手を再び動かし始めるフラン。
話し方は今更なので随分と砕けたものになってしまったのだが、本人はあまり気にしていないようだ。
まあね? 結構失礼踏み越えた発言もしちゃってるしね?
身体的特徴をあげつらった暴言とかに比べれば、今更タメ口が何だというのかといったところなのだろう。
顔を戻したフランに倣って俺も再び手を動かす。
主に重たげな日用品と通貨が俺の割り当てだ。
フランは希少な魔晶石の方を集めている。
これは偏に俺が希少な魔晶石の取り扱い方法を知らないということでこうなった。
フランが「要る」といった日用品が重いからとかじゃなく……いやそれも一応はあるんだけど。
中には取り扱いに注意しないといけない魔晶石もあるらしく……。
そう、やらかさないための割り当てでもあるのだ。
知ってる? 魔晶石同士でくっつけちゃいけない物も存在するんだと。
そんなの知らんがな。
少なくとも『水』と『火』の魔晶石を一緒の袋に入れてはダメ――――という単純なものではないそうで……。
だよね、さすがにそれは知ってた……と思うよ、たぶん。
いや嘘知らない見栄張ったごめん。
普段使いするのなんて土晶石の粉ぐらいだもの……そんな法則みたいなものが存在するなんて初めて知ったわ。
今も専用の入れ物っぽい箱や何か特殊な紙っぽい物で、見つけてきた魔晶石をクルクルと包んだり雑に袋に放り込んだりとしている。
ぶっちゃけ何一つ分からなかった俺なので、たぶん全部纏めて一つの袋に入れたであろうことは想像に難くない。
通貨の安全さが異世界でも安定。
やっぱり世の中金なんだよ。
そんなことを考えながら、通貨が入っているっぽい袋を集めた地帯から通貨だけを探して取り出していたところ――徐ろにフランが言った。
「そろそろね」
「あ、ヤバい?」
「沖に出る海流に乗ったんじゃないかしら。潮目が変わったもの。でしょ?」
いや「でしょ?」って言われても分からんわ。
そもそも潮目も分からない。
機会があったらスマホで検索してみるから今は勘弁な?
しかしフランの言葉を疑って掛かることはなく、手早く荷物として纏めていた袋を担いでいく。
フランも魔晶石を収めた箱や袋を手に持つと立ち上がった。
二人揃って甲板へと出ると、護衛船の近くに浮かべておいた小舟を確認して頷いた。
これまた降ろしておいた縄梯子をフランから順に降りて小舟へと乗り込む。
俺が小舟に降り立つと、確認するように振り向けた視線にフランが頷きを返してくる。
「いいわ」
「了解」
その言葉に、小舟と護衛船を結ぶ縄を切って突き放した。
波に揺られながら沖へと消えていく護衛船を尻目に、俺とフランは陸地を目指した。
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