第577話 *第三者視点


 現状の酷さを感じさせない言葉の軽さだった。


 まるで囚えられていない……ともすれば片腕の損失さえ嘘なのではないかと思う程の感情の薄さに、バーゼルはで驚きを覚えた。


「どうじゃ? 見たことある顔か?」


 まるでバーゼルの内心を見透かしたかのように、ヴィアトリーチェ姫が問う。


 二つの意味で驚きを覚えていたバーゼルは、ヴィアトリーチェ姫の問い掛けがもう一つの方の理由を引き出さんとしていることを理解して頷いた。


「以前……ダンジョンの最下層で襲撃してきた、三人の中の一人です」


 残りの二人と比べても、この女の方が印象に深かった。


 それは地上での遣り取りを含め、一切顔を隠す気がなかった振る舞いのせいもあるのだろう。


 彼女は恥じていない――――バーゼルはそう思っていた。


 故に行いを隠す気も無いのだと。


 バーゼルにして戦闘狂を思わせる女が、無惨な姿で再び目の前に現れている――


 それは即ち、彼女の敗北を意味していた。


 直ぐさまバーゼルの心の内に思い浮かんだのは、彼女達とも敵対していたもう一人の黒衣。


 自分に痛烈な一撃を与えて消えてしまった男の姿だ。


「ふむ。やはりか。のう、黒髪黒眼。一応聞いておこう。お主は…………『訪い人』か?」


 ヴィアトリーチェ姫の言葉にバーゼルは首を傾げたが、口を挟まずに囚人の反応を待った。


 ともすれば次の瞬間にも死ぬのではないかという危惧が、バーゼルの疑問を差し挟む余地を奪っていた。


「ふーん……そこまで辿り着いてる奴っていたのね? ああ、だから貴方って邪魔になったのかしら?」


「質問に答えよ。妾が邪魔かどうかなぞ今更の話じゃ」


「私訪い人じゃないわ」


 答えを吐き出すと共に、片腕の女の表情が笑みへと変わる。


 しかしそれは嘲笑っていると言うには余りにも自然で……むしろ頑張りを称えるような慈しみさえ感じられた。


 女の表情の変化に、ヴィアトリーチェ姫の方が怪訝な表情を浮かべる。


「なんじゃ? 随分と素直に話すのう……。どれだけ拷問されようとも口を割らんタイプと思うておったが?」


「……どうでもいいもの。もう、どうでも……」


 そう言って再び表情を消す女にヴィアトリーチェ姫は溜め息を吐いた。


「なら知っている事を全て話して貰いたいものじゃが……」


 もう話すことは無いとばかりに口を閉ざす女に、ヴィアトリーチェ姫は粘り強く視線を重ねた。


 暫く続く言葉を待ったヴィアトリーチェ姫だったが、女がこれ以上何も話すつもりがないことが分かると、話の方向性を変えるべく自ら口を開いた。


「お主は『戦い』そのものを目的としているように見えるのう。各地で上がった報告から分かったことじゃが、お主は己が名前も姿も露見することを恐れておらん。暗躍をしゅとする組織の中にあって異端の存在であった筈じゃ。その組織の目的は未だ分からぬが、お主だけは手段を目的としていたように思える」


「だから?」


 女の興味を引いたのか、再び開かれた口からは続きを促すような言葉が漏れた。


 女の反応にヴィアトリーチェ姫が慈母のような笑みを浮かべる。


「なに、妾と取り引きをせんかと思ってのう」


「へ〜、貴方、なかなか面白いわね? 好きよ、貴方みたいな奴」


「残念ながら相思相愛とはいかんようじゃの。妾にはお主の望むような力は無い」


「それは残念」


「うむ。故に代わりを用意した。バーゼルとの一戦を代価に、?」


 『聞いてない』とバーゼルが思ったかとどうかはともかくとして、暗闇に照らし出されるヴィアトリーチェ姫の表情に、どちらがより性格をしているのかの判断は、バーゼルにはつかないものであった。


 バーゼルの聞いた話、この女は極刑確実の襲撃者当人である筈なのだが……。


 自らを手駒に加えてもいいと宣言する王族に――――しかし女は残念そうに眉を潜めた。


 返ってくるであろう答えを悟ったヴィアトリーチェ姫が言葉を重ねる。


「無論、傷は治そう。腕も取ってある」


「そうじゃないわ。そうじゃないの」


「では何故じゃ? お主にとって悪くない取り引きの筈じゃ。バーゼルだけとではなく、戦いの場はたっぷりと用意しよう。それとも何か? やはり元仲間と刃を交えるのは御免被るなんていう、甘っちょろい理由ではあるまいな?」


「その点はむしろちょっと楽しそうって思ったわ」


「では『何故』?」


「単純に釣り合わないから。バーゼルは……いいえ、他のどの強者でさえ、今の私の興味を引くに値しないわ……ごめんなさいね?」


 周囲の者にはそれと分からず、ヴィアトリーチェ姫の瞳が紫の光を帯びる。


 考え込むような僅かな間の後に、ヴィアトリーチェ姫は確信を持って口を開いた。


「お主を倒した者の名じゃが――」


 女の瞳に生気が戻る。


「――レライトと言う。隠し玉の一つなのじゃが……やむを得ん、引き合いに出しても良かろう。ただし! その場合の払いは後払いになるがの?」


 今度も長い沈黙が生まれた。


 しかしヴィアトリーチェ姫は焦ることなく望む返事を待った。


 初めて鎖が擦れるような音が響き、女が再び口を開いた。


「面白そうな話ね?」


 続く会話と用意されつつある受難は、遠い帝国を行くレライトには届かない――


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