第十二章 天承天戯 急
第576話 *第三者視点
暗闇の中を僅かな灯りが上から下へと降りていく。
光晶石を使ったランプの明かりが、石畳で出来た階段と壁を照らしている。
随分と湿度が高く、ともすれば寒さを感じてしまう程に空気が冷たい。
コツコツと反響する足音が、一行が進む先へと広がっていく。
無機質で面白みの無い壁や階段と違って、明かりに照らされる一行は色彩も鮮やかで装いも派手であった。
先頭に立つメイドは恐怖を感じているのか、やや顔色を青くさせながらもランプを掲げ持って進んでいる。
その直ぐ後ろを、明かりが必要なのかも疑わしい程に美しい少女が続く。
白銀の髪は暗闇にあってなお存在を主張するように綺羅びやかで、美しい
ラグウォルク王国王家第四の姫、ヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルクである。
王家に列なる王太子姫殿下の末妹が、辺境の都市であるウェギアの地下へと続く階段を降りている。
如何なる事情が重なればそういうことになるのか……。
しかし案内のメイドに続くヴィアトリーチェ姫の表情には不満の一つも見つけられなかった。
むしろ不満を胸の内へと押し込んでいるのは同行者の方だろう。
案内をするメイドは、肝試しや怖い話によく使われる地下牢への道に足が震えていた。
普段は無人であるが故の恐怖に彩られている地下への階段だが、最近となると少しばかり事情が違う。
というのも、使われるかも怪しかった辺境の街の地下牢に収監者が現れたからだ。
それも犯した罪は信じられない程に重いらしく、極刑かどうかを論じる地点にさえないようで……。
使用人の間では『あとは如何にして苦しめて殺すかを考える段階』と
そんな訳もあり、もしかするとこれからその受刑者の最後に立ち会うかもしれないとされたメイドは二重の意味で戦々恐々としていた。
なにせ被害にあったとされる王族と――もう一人。
大剣を背にする武人染みた男も付いて来ているのだから。
ヴィアトリーチェ姫の後ろに続く、二メートル近い巨漢の男。
くすんだ赤紫色の髪は適当に切り揃えられていて、その間から覗く深い緑色の瞳が不思議な安心感を生む男。
筋骨隆々だがその動きは滑らかで、一目に達人だと思わせる雰囲気がそいつにはあった。
ディラン領のダンジョン都市が生んだ英雄、二人目の踏破者として名を馳せるバーゼルである。
新しい英雄の誕生に、地元なるダンジョン都市は勿論のこと、ディラン領の隅々までその異名は轟いていた。
現在過去と合わせて十数人もいない伝説の立役者は、今や平民でありながらも一軍を預かる身とした立派な将軍位にいる。
この夢のようなサクセスストーリーを己も成し遂げんとする若者が集い、ディランのダンジョン都市は過去にない隆盛を誇っていた。
自ずと戦力も強化されている。
知らず知らずとディラン領の戦力強化に一役買っていた将軍は、しかし今だけ困惑を表情に出して姫へと付き従っていた。
それもその筈。
ディラン伯爵の直々の命により、戦力となる一軍を携えて国境にある砦へと防衛に向かう手筈だったというのに……。
何故か合流早々に地下牢への同道を願われて、訳も分からずヴィアトリーチェ姫に連れられるという思ってもいなかった事態だからである。
囚えられている刺客の話は、バーゼルも知っている。
しかしどう転んだところで死刑を待つ虜囚に、如何なる用があるというのか?
拷問を利用した情報収集などは、当然だが一国の姫君が立ち会うようなことではない。
それなら何故、僅か三名という少なさで……そんな危険人物の元へと足を運ぶのか。
バーゼルは何も聞かされていなかった。
一行が階段を下り終わると、短い……左右に牢のある道が出迎えた。
黴臭く仄暗い。
もはやメイドは体裁を取り繕うこともなく視線を彷徨わせ、ガタガタと歯の根が合わぬ音を響かせて歩いている。
「……ひい?!」
地下牢――その奥まった一つ。
ランプで照らし出された先にある牢屋の中を覗いたメイドが、思わずと声を上げた。
至る所に鎖が伸びている。
首輪、腕輪、足輪と……座ることも許されてない囚人へと壁から伸びた鎖が繋がれていた。
ハッキリとした人型――――しかし片腕が無い。
そのアンバランスさと固定されるように無理やり立たされている姿が、メイドの感情に恐ろしさを増やす。
ガタガタと、もはや隠すことなく震えているメイドの後ろから、ヴィアトリーチェ姫が直々に落としそうになっているランプを受け取って言う。
「うむ。ご苦労であった。無理を申したな、先に戻っても構わぬ」
泰然とする姫様と若い英雄を目にしたメイドは、既に言葉を発する段階になく……ただただ高速で頷くと恥も外聞もなく踵を返して駆け出した。
「さて……」
メイドが地下への階段を駆け上がる音を耳にしたヴィアトリーチェ姫が、囚われている人物に振り返る。
黒髪で黒眼の女だった。
日に焼けているのか褐色の肌に、前は結われていた黒髪を無造作に垂らしている。
開かれた瞳にも、生気の無い表情にも意思は見られず……ともすれば死体にも見られかねない。
その死体の口元が動く。
「なんか用?」
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