第575話


「いや、だからどう…………ん?」


 すっかりと見慣れた天井を見上げながら、ぼんやりと自分の現状に意識が追い付いた。


 寝言を吐きながら目を覚ますなんて……俺も異世界が極まってんなぁ。


 奪い取った護衛船の治療室だか医務室だかのベッドの上だ。


 怪我をしてから数日が経っている。


 目を覚ましてから初日、フランの心配のもと再び寝かしつけられる(強制)なんてイベントもあったが、体が動かなかったことは本当なので寝たきりの生活が続くことになった。


 貴重な食料を不思議な物体ダークマターに変えるという特技を持っていた貴族の娘さんは、捕らえた敵国の捕虜相手にその腕を存分に振るって残虐の限りを尽くしていた。


 さしもの魔力も食料ばかりはどうにも出来ないらしい。


 全力で放出して拒否感を示すも、そもそも魔力を放ったところで風の一つも起こるわけじゃないので無駄だった。


 もしくは、これで味が少しでも変わってくれれば……なんて思い描いていたのかもしれないが変化なく。


 俺は死んだ目でネトネトジョリジョリした何かを口にするしかなかった。


 …………戦争って良くないよね。


 自分は携帯食料で充分だというフランの心遣いも、俺の心に深いダメージを負わせる一助となったことは語るまでもないだろう。


 いや食えよ、そしたら気持ちを分かち合えた。


 体が動かず、魔法が使えず……。


 ねえ? なんなの? 俺なんかした?


 したわな、色々したし、色々言ったし、なにより敵国の兵士だったわ。


 フランの献身的な介護のお陰で、早く良くならなければ死ぬとした体は数日で魔法を取り戻し、ギシギシという油を差す前の機械のような音を鳴らしながらも動くようにもなった。


 この船に搭載されている魔道具が生きていたこともあって、魔物の襲撃らしい襲撃にも遭うことなく漂流を続けられている。


 だが推進機関だけはどうあっても直る見込みがないようで……波に任せて進むしかないのが目下の懸念点といったところか。


 船内の捜索で日用品や金目の物なんかは見つかったが、船を脱するための小舟や魔道具なんかは見つからず。


 また現在地を知るための道具も無いということなので、大まかに西に進んでいるとしか分からない現状だ。


 焦燥感があったのかもしれない。


「……だからって寝言なんて言うかね?」


 もしかして俺って寝言を言うタイプなんだろうか?


 こればかりは自分で確認を取れるわけじゃないので分からない……そうなの?


 だとしたら生まれ変わってからだと思いたい。


 じゃなきゃ色々と心配になっちゃうだろ?


 ……え? 大丈夫だよね? 職場の机で仮眠取ってる時とか、自宅で窓開けて昼寝かましてる時とか……!


 なんかソワソワとする気持ちが態度にも伝わったのか、まだ暗い船内で思わず立ち上がって外へと足を向けた。


 この治療室には窓もついているので、今が夜中だというのは大体分かった。


 しかし勝手知ったる他人の船。


 灯りが無くとも問題ない程度には知り尽くしているので、記憶の中の順路を辿って甲板まで上がっていった。


 船に付いている魔道具には、予想していた通りソナーだかレーダーだかの代用品となる奴があるらしく、海からの魔物の襲撃は察せるのだという。


 お陰で危ないのは空だけなのだが……まあ、フランが空を警戒したところでパクリといかれる想像しか出来ないので、今度は巨大鳥の胃の中に放り込まれても仕方ないとした理由から夜は普通に寝ている。


 とりあえず船の中に居れば食べられることも……あんまり無いだろうし。


 完璧に無いと言えないのがこの世界の凄いところだよなぁ。


 甲板に出ると、火照った体に夜風が気持ち良かった。


 お、なんか体温上がってたみたいだな? 寝汗かな?


 僅かに背のびして眠気を払うべく欠伸なんてしてみる。


 呑気なもんである。


 魔力の放出はともかく、練り上げにくくなっていたのは数日前の話。


 今は問題なく魔法を放てるので、一人で真夜中の甲板に立とうとも平気なのだ。


 まあ、両強化は二倍が限界っぽいけど……。


 強化を片方だけでも三倍にすると、酷い筋肉痛みたいな痛みが走るのだ。


 しょ〜〜〜〜じき! 自分の体がどうなってるのかなんてよう分からん。


 医者じゃないんだし。


 ただやっぱり反動的なもんだと思って魔法を控えている。


 …………無かったよなぁ、こんな反動?


 やっぱり成長によって色々と違いがあるんだろうか?


 ただ驚いたことに、パーズに拾われた時の体の状態はここまでなかったと思うのだ。


 だとしたら……随分と長い期間、海を漂っていたことになるのだが……?


 そんなわけないことは、その後のパーズの話からも想像出来る。


 なんで今回だけこんなに筋肉痛が酷いんだろう?


 ほんと……一回人間ドック的な魔力のあれかしみたいな物を受けられないものか。


 やっぱり自分の体の状態が気になってるからこそ――――こんなに焦ってるんだろうなあ。


 なんか……こう? 早く行かなきゃ的な気持ちがある……。


 そう。


 と強く思っている。


 これもやっぱり前世で健康診断に引っ掛かった経験があるからなんだろう。


「まあ急いだところでって思うんだけど……俺も若いなあ……物理的に。いや本当に」


 体が若いからこそ……こんな『夜中に走る』みたいな行動を取っちゃうじゃない?


 本当に魔物なんているのか? と思える程に、夜の海は静かで月明かりが眩しかった。


 ただ静かに、波の音に押されるまま船が進む。


 甲板の端まで歩くと、手摺りに捕まって特に理由もなく海を眺めた。


 ……まずは陸だな。


 とりあえず陸に上がらないと、今後の方針も覚束ない。


 陸に上がって、フランを送り届けて、村に帰る。


 その後で……お金と時間に余裕が出来たら、健康診断的な物を探せばいいか。


 一番いいのは、もう身体能力強化と肉体強化の魔法を使わないことだ。


 両強化魔法の二倍はともかく、こうして普通にしているだけだったら筋肉痛とも無縁なわけだし……。


 ぼんやりとあれこれ考えていたら、羽が風を切る音が聞こえてきた。


 不意に空を見上げれば、月明かりを遮る鳥の影が見えた。


 さすがは異世界。


「鳥のくせに夜に飛ぶとかどうなん……夜行性か?」


 大きさもそんなに大したことなさそうなので、なんとなく鳥の動きを目で追うだけに留めた。


 飛び方的にも、別にこの船に向かってくるわけでもないらしい。


 まあね? そんな毎度毎度、都合よく襲われたりしないよね?


 実は飛行船というオチがあるわけでもなく、縮尺が狂っているわけでもない……至って普通の水鳥は、その羽を羽ばたかせて僅かに明かりを宿らせる陸へと飛んでいく。


「お、おお……」


 船の左手側。


 暗さから見えづらくはあるものの、人工の灯りだと思われる光が宿る――陸が見えた。


 か、舵! 舵だ! 舵を切らねば! どうやって?!


「これはフラン様案件ですね! あれがイー……なんだっけな? イーなんとか? ……ともかく港だ! オッケーオッケー! これで海なんていうパリピ生息域から抜け出せるぞ!」


 俺は「絶対に入るな!」と言われていたフランの船室へと向けて駆け出した。


 だって仕方のないことだから。




 ゆっくりと朝日という光に彩られ始めた世界で……まるで音が生まれるのも必然とばかりに悲鳴が響き渡ったのも、仕方のないことだったのかもしれない。




  




 ――――――――第十一章 完

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