第573話 *アン視点


 一瞬の隙を突くように、外から控えめなノックの音が響いた。


 ボーマン様が確認を取るようにお姫様へと目を向けると、なんら変わらぬ調子でお姫様が応えた。


「うむ、どうやら時間切れのようじゃな。ターナーとやら、用件は分かっておる。各ギルドへの照会じゃろう? 既に令を発して探しておるゆえ、心配は要らぬ。妾にして些か眉唾な話じゃったが……なるほど、精霊の実物を見せられては嘘とも思えん」


「……ありがとう」


「なに、礼には及ばぬ。少しばかり意地の悪い遣り取りだったゆえにな。妾とて主らに嫌われたいわけではない……しかしこれも傾かんとする国を思えばじゃと思うて欲しい」


「……そう」


「それに――カードが二枚となれば取れる手段も変わってくるじゃろう?」


「……そう思ってるうちは、絶対に上手くいかない」


「言うてくれるわ」


 ターナーとの会話を楽しそうに終えたお姫様が立ち上がった。


「――しかし軍は解散させておらん。集めた兵士は砦での戦いに参戦するじゃろう」


「……うん、知ってる」


 最後の言葉を呟き終えたお姫様がボーマン様達を伴って出て行く。


 部屋を包んでいた緊張感が和らぐのが分かった。


 やっぱりお姫様って凄いんだなあ……。


 見た目にはテトと同じぐらい……下手したらそれよりも幼く見えるお姫様だったけど、掛けられるプレッシャーは解かれたことでよりハッキリと感じられた。


 あたし達とはたぶん違う理由で息を吐き出したリーゼンロッテ様が言う。


「ターナー、テトラ……約束は必ず守らせますので、安心してください。アンとテッドも。ヴィアトリーチェ様が無理を言いました。あの方は……なんというか、聡いことには違いないのでしょうが……行動的というか奔放というか、突拍子のないところがあるのです……困ったことに」


 うん……うん? なんか似たようことする人知ってるなあ……。


 具体的には棒切れ一本持って教会だっていうのに暴れ回る妹みたいな娘を。


 額に手を当てるリーゼンロッテ様に、ターナーがなんでもないと答える。


「……大丈夫」


「そう言って貰えるとありがたいです。それでは――私も行くことにします。……ターナー。それにテトラとアンには無事に村に帰れるよう馬車の手配をしておきますね」


「え?」


「俺もそれがいいと思う」


 あたしが何か言う前に、テッドが声も強く言葉を被せてきた。


 てっきり一緒に行くものだと思っていたあたしは驚いた。


 いや、ターナーとテトにはあたしも帰って貰うつもりだったけど……。


 ターナーが言う。


「……帰るのは、レンを見つけてから」


「ターナー……。遺体を掘り出すのにも時間が掛かります。ここにも戦火が及ばないとは限りません。必ず助力すると約束するので、今回は大人しく……」


 ……うん? 遺体? 誰の?


 あたしの疑問に、テッドやターナーは答えてくれず……予想外にも答えをくれたのはテトだった。


「レイ、生きてるよ?」


「…………え?」


 不思議そうに首を傾げるテトと、美女の中の美女であるリーゼンロッテ様が同じポーズを取っている姿は、普段からの有り様では気付けない魅力があった。


 歳相応の可愛らしさとでも言えばいいのかな? なんかリーゼンロッテ様ズルいなあ。


 思わずターナーも目を逸らすし、テッドも気まずげ…………ああ、これなんか違うね。


 悪戯を誤魔化している時の態度だ。


 精霊様にお願い事が出来るというテトが言うのだから、リーゼンロッテ様にしたらそれはとても説得力のある言葉だろう。


 あたしにしたって、よっぽど嘘をつかないテトが、こんな大事なことで嘘を言うとは思えないので、そこの部分は信じてる。


 目をパチパチさせるリーゼンロッテ様が、随分と可愛らしい。


 ポツリと呟いた言葉は、幼馴染を呼ぶものだった。


「……ターナー?」


「……別に死んだとは言ってない」


「そ、それはそうですけど! もっと言い様があったでしょう?! そんな敢えて誤解させるような言い方でなくても…………え? 生きているのですか、レライトは?」


「すみません! リーゼンロッテ様! 実は俺もよく分かってないんですが、どうもレンはもうあの遺跡の中にはいないらしくて……」


「い、いない? そんな……どうやって?」


「……さあ?」


「レイ、ピュンした」


「ピュ、ピュン?」


「あ、それはあんまり気にしないでいいです。こいつもよく分かってないんですよ」


「そんなことない。お兄ちゃん、うるさい」


 ガヤガヤと騒ぎ始める幼馴染達に、リーゼンロッテ様がついていけずに呆然としている。


 たぶんだけど……これもリーゼンロッテ様に心を許しているからだろう。


 ボーマン様達が去ってしまったために、部屋にはあたし達とリーゼンロッテ様だけとなったから気が緩んでいるのだ。


 ついにテトとテッドがあたしを挟んで言い合いを始めてしまう。


 その様子にテトの雰囲気があまりにも違うせいか、リーゼンロッテ様が目を白黒させている。


 テトはテッドに対しては割とこうだ。


 レン曰く「甘えてる」んだそうだけど……それはどちらかと言えばテトのレンに対する態度だと思う。


 ……これは普通に嫌ってるよねぇ?


 あまりにも目に余る喧嘩っぷりに、リーゼンロッテ様が仲裁をしようとしているのか……しかし出来ずに、口を開こうとしては閉じる、手を上げようとしては下ろす、と迷っているのが分かった。


 ああ、ダメダメ、騒ぎ始めたら当分収まらないから。


 我関せずとそっぽを向くターナーは後で問い詰めるとして、一先ずはリーゼンロッテ様を巻き込ませまいと腰を上げた。


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