第572話 *アン視点


「テトラ……ほ、本当に精霊を従えることが出来るのですか? 怒ったりしないので、嘘なく答えて欲しいのですが……」


 混乱するあたしを置いて話が進む。


 たぶん驚き具合では真ん中ぐらいのリーゼンロッテ様がテトに話し掛けている。


「従えたりしてないけどな……友達だよ?」


「そ、そうですか……友達……つまり精霊と友になれるということですよね?」


「うん…………あ」


 それは頷いちゃダメなやつじゃないかなあ?!


 テトが人差し指を立ててリーゼンロッテ様に言う。


「ナイショ」


 今更?!


 対するリーゼンロッテ様は神妙な顔で頷いた。


「……わかりました。ここでの話は他言無用にしましょう。どういうことなのか、ヴィアトリーチェ様もそのように取り計らっているようですし……」


 …………あ! 本当だ! 騎士様達に言ってる!


 リーゼンロッテ様に鋭い視線を向けられたお姫様は目を合わせないようにと逸らしているが、その態度が答えを物語っていた。


 ここで難しい顔をしていたテッドが顔を上げて言う。


「すいません、よく分からないんですが……妹が精霊と友達になれる? ってのが、そんなに大層な事なんですか?」


「……テッド。たぶん、事は貴方が思う以上の大事です。各国がテトラの身柄を争って戦争が起こってもおかしくないくらいには……」


 そ、そんなに…………?


 驚愕を顔に貼り付けるテッドと似たような表情になっているであろうあたしは、未だ事ここに至ってもノホホンとしているテトに顔を向けた。


 我知らず繋いでいた手を離すまいと握り締める。


「ギュー」


「テ、でも……テトは……あの」


 空回る言葉が意味も為さずに口を衝く。


 ……バ、バレちゃダメだったのかも……絶対。


「……なんでそこまで大事になるんだ? 妹は別にそんなに大した奴じゃないぞ? 摘み食いしては怒られて、知り合いが畑作業してんのに突撃しては怒られて……普通の村娘だ」


 テッド……。


「……テトラの性格や生まれは関係ありません。というだけで、彼女の価値は跳ね上がるでしょう。人にとって計り知れないものとなります。何故なら、精霊と喋り、操り、使役するというのは……この世界でエルフにだけ与えられた特権だったからです。人が使う魔法も魔道具も、どういうことかエルフの使う精霊魔法には遠く及びません。貴方も魔法を師事されているのなら、そういう話を聞いたことがありませんか?」


 思い当たる事があるのかテッドの顔が歪む。


 リーゼンロッテ様は真剣な表情で続ける。


「精霊魔法……精霊が扱うという魔法は、その汎用性や威力も勿論ですが、人にとって……いいえ、エルフ以外の他種族にとって無視出来ない優位性を備えています。それは強制力と言い換えてもいいでしょう。もし同属性の魔法がぶつかり合った場合、相手の魔法がどれだけ弱々しく、またこちらの魔法の威力がどれだけ強くあったとしても――必ずや精霊魔法が打ち勝つ結果となります。文字通り『次元の違う』力です」


 お姫様がリーゼンロッテ様の後に続けた。


「エルフが人の世に踏み出したのなら、妾達に対抗する術はない。それが各国を領土の広さに関係なく『大国』と足らしめる数の冠された武器……『一天三杖五槍七剣九宝数字付き』じゃ。しかしエルフは人の言うところの『欲』に乏しく、また森から出ることも嫌っておる。こちらが手を出さん限りは争うことはないじゃろう。そして人種も後背を突かれては堪らないとバランスを保っておるのが、世の大まかな現状。その和を、帝国が今、乱さんとしておる」


「ヴィアトリーチェ様、今はテトラが狙われるに足る理由を説いているだけです。彼女に帝国との戦いは――」


「――関係ないとは言い切れまい?」


 今度は目を逸らすことなくお姫様が続ける。


「どのような生き物であれ、生まれに『平等』は存在せぬ。力か、立場か、妄執か……いずれにせよ何かを背負って生まれてくる。それは正負の垣根なく。手にした力で、己にしか出来ぬ何かで、繋がれる想いで、まるで――それが宿命であったかのように役割を担う。清廉であろうとする心意気は構わぬ。しかし……既に『只の民』であると言い切れぬ者に、甘い香りのする言葉を掛けるのは優しさではあるまい? 立ち向かうか逃げるかの判断は己にしか出来ぬものじゃ。妾は今がその場であると教えてやっているに過ぎぬ」


「それは……上に立つ者の理屈です……ッ!」


「いいや、力ある者の理屈じゃ」


 え……あ! ……え?


 急に睨み合うリーゼンロッテ様とお姫様に、どうしたらいいのかとワタワタする。


 見張りである騎士様達は、こんな時ばかり石像のように直立不動だ。


 ど、どうしよう? ねえ! どうするの?!


 さっきよりも……もしかすると一番緊迫している空気の中で、腰を浮かしては降ろすあたしを他所に、テトがポツリと呟いた。


「わたしたち、祝福されてるんだって」


「む?」


「あのね、前に言われたことがあるよ。わたしたち皆、祝福されて生まれてくるって。だから――――呪われてないよ?」


「…………そうか」


「うん、良かったねー?」


 ニコニコと無邪気に笑うテトと、可笑しそうに――だけど寂しそうに笑うお姫様の様子は……全然違う筈なのに何処か似通っていて、何故か胸を締め付けられる想いに満ちていた。


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