第571話 *アン視点
「なるほど、クロちゃん?」
「そう、クロちゃん」
「そのクロちゃんとやらに頼むと、突然消えたり現れたり出来るということかの?」
「何が出来るとかは言っちゃダメ」
「ふむ、そうであったな。ではそのクロちゃんとやらを呼んで貰うことは可能か?」
「クロちゃん? ずっといる」
「ずっといる? 此処にか?」
「うん」
「しかし妾には分からぬ。……そのクロちゃんとやらも見えぬようになっておるのか?」
「うーうん。ふつーにいる」
「それはつまり……お主にだけ見えるのかの?」
「それは言っちゃダメ」
「うむ、わかった。では聞かぬことにしよう。それで、そのクロちゃんとやらを妾にも見えるようには出来ぬか? 妾もクロちゃんに挨拶をしておきたいからのう」
「いいよ」
こ、これ……! 止めた方がいいの?!
なまじ貴族様より上な身分が分かっているだけに口の挟みようがなく……先程のシュトレーゼン様との遣り取りもあってか、テトには手を出しづらい雰囲気になっていた。
それは身内であってもだ。
き、気絶させとけば良かったかも?!
テトが答えると同時に――――テトの影から、ゆっくりと黒い霧のような霞のような物が立ち昇った。
「――――よい」
さすがに動こうとする見張りの騎士様の二人を、お姫様が一言の元に止めた。
ミ、ミィ様じゃない? テト、他の精霊様にも知り合いがいるの?!
それぞれ別々の事情だが一様に驚きを顔へと貼り付ける面々を余所に、テトが何でもないことのように言う。
「『クロちゃん』」
テトの呼び掛けに応えるかのように――黒い何かがテトの肩辺りで凝り固まる。
しかし固まったところで……それは深い『闇』とでも呼べばいいのか、とても『生き物』と呼べる姿ではなかった。
てっきりミィ様の隠語だと思っていた『クロちゃん』は、本当に別の精霊様の名前だったようで……。
ともすればミィ様よりも精霊様っぽく見えるクロちゃん様に、隣りに座っていたテッドも口を開いている。
驚いていないのは、やっぱり二人。
お姫様とターナーだ。
「ほほう……これがクロちゃんか。てっきり特異な属性持ちかと思うたが、良い意味で予想外じゃの」
しかしターナーの無表情っぷりとは違い、お姫様の方は嬉しそうな顔で頷いている。
誰もが気になるであろう『黒い何か』を前にリーゼンロッテ様が問い掛けた。
「……ヴィアトリーチェ様? これは、もしや……」
言葉を飲み込むリーゼンロッテ様の後を引き取ったお姫様が、肯定するように頷いて続ける。
「うむ、精霊じゃ」
「あり得ません」
しかし直ぐにリーゼンロッテ様が否定した。
な、なんだろう? 何が『有り得ない』のかな? だって現に精霊様がいるわけだし……。
リーゼンロッテ様の言葉に、お姫様は面白いと言わんばかりの表情でテトの肩に乗った精霊様を見続けている。
「前例が無いわけではない。ルフトの印士は『契約』という特殊な方法にて精霊や魔物を従えたと言うではないか」
「それは……印士の名前も残っていない只の伝承じゃないですか。真偽も定かではありません。王族であるヴィアトリーチェ様が市井の噂話に踊らされてどうするんです……」
「しかし現に目の前におる」
「ま、まだ分かりません! そもそも精霊は我々人間に阿るような存在じゃあ……」
「聞くが早かろう? のう、テトラ。そやつがクロちゃんで間違いないか」
「うん、クロちゃん。黒いから」
「そ、そうか。それで……クロちゃんとやらは精霊かの?」
「それは言っちゃダメ」
「あい分かった。これ以上は聞かぬ。しかしそうか……精霊に『頼めば』聞いてくれるか。む、そうであった。挨拶をせねばな? あ〜……クロちゃんとやら、よろしく頼む」
「クロちゃん、なんか『モガモガする』って言ってる。モガモガ」
「妾、もしかしたらお主のこと苦手かもしれぬ」
「そっかー」
急に?!
直球で自らの印象を吐露するお姫様にも、「そっかー」で済ますテトにも驚いちゃって……テトの新しい友達の精霊様にイマイチ驚けないような……。
いや充分ビックリしてるけどね!
ど、どうすればいいの?!
――ターナー!
機転が利く幼馴染に視線を飛ばせば、意外な程に大人しくしていたターナーとようやくとばかりに目が合った。
しかしここでプイッとそっぽを向かれれば……いくら温厚なあたしでも頭に血が上る。
……ダ、ダメダメ! それどころじゃないから…………あとで怒ればいいよ、あとで……ね?
どうやらターナーは一連の流れを止める気はないみたいだ。
それが何故なのかは分からないけど、ならばと視線を反対側へと向けた。
――テッド!
なんかめっちゃ苦悩してるね?! どうしたの?
テッドの視線はテトの肩辺り……精霊様を眺めては『……違うんだよなぁ』って感じで首を振っている。
しまいには苦しそうな表情で目を閉じては眉間を揉み始めた。
そ、そうだね……妹が精霊様と交流があるってお兄ちゃん的に難しいのかもね。
しかし幼馴染が役に立ちそうにないことはわかった。
それは勿論あたしも含めてだけど……。
――――本当に一体どうしたらいいの?!
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