第570話 *アン視点


「さてさてさて……」


 ニヤニヤと笑うお姫様がテトを見ながら告げる。


「妾は保安上の観点から、何故このような事が起こったのか知らねばならぬな? なにせ領主の居らぬ今、現場での最高責任者は妾なのだから」


 あたしとテトを真ん中に、左右をターナーとテッドに挟まれて座っている。


 向かい側に座る……白銀の髪に紫の瞳をしたお姫様は、なんか凄い悪党っぽいことを言いながら得意気だ。


 でも……。


「そっかー」


 対するテトがいつも通り過ぎて、どちらかと言えばお姫様の態度が気にならないぐらいにはヒヤヒヤしている。


「……うむ。そうなのじゃ」


 テトの普段通り過ぎる振る舞いに驚いたのか、お姫様の気勢も些か削がれたように思う。


 腰掛けたソファーの右と左で、見事に表情が割れた。


 テトとターナーの側は表情の変化が無く……あたしとテッドの側は顔色が青い。


 うわあ…………テッドもそういう表情出来るんだね? 初めて見たよぉ……。


 見たことのない『やっちまった』とばかりの表情をするテッドに、幼馴染の新しい一面を見たなあと今の気分からも目を逸らして思う。


 こちらから見えるボーマン様の表情は困ったようなものだったが……もう一人の見張りの騎士様の表情は憤激を抑えているというものだった。


 あばばばば……。


 陸で溺れそうになっているあたしを見兼ねたのか、リーゼンロッテ様は軽く微笑みながら助け船を出してくれた。


「姫殿下。あまり露悪的に振る舞うのはよろしくありませんよ? そんなことしなくても彼女は答えてくれますから……そうでしょう、テトラ?」


「え、言わないよ?」


 空気が凍りつくっていうのはこういうことなんだね……。


 あたしですら意外にも思えるテトの態度に、大して言葉を交わしたこともないリーゼンロッテ様やお姫様は固まってしまった。


 タ…………ターナー? ちょっとターナー?!


 必死にターナーに視線を送るも……見た目にはソファーにチョコンと腰掛けた少女のような佇まいをしているターナーが、棒を振り回して暴れた後のように不貞腐れているのが分かった。


 ――――なんで?!


 上手くいかない……大抵はレンが見つからない時に出る彼女の態度に、頭の中は疑問符だらけだ。


 こういう時に幼馴染を諌める役なのはレンとケニアなんだけど……。


 …………そうだ、レンは……? レンは何処にいるんだろう?


 テトから「生きてる」とは聞かされているけど……別れ方が別れ方だっただけに、一目でいいから姿を見て安心したかった。


 しかし今聞き出せる状況じゃないのはさすがに分かる。


 具体的には見張りをしている騎士様の一人が爆発しそう。


 …………幼馴染四人一緒に死ねるんなら幸せな最後かもね?


 ちょっと諦め気味に、青を通り越して肌を白くさせるあたしを置いて――お姫様がスッと立ち上がった。


 ああ、ああ……ついに。


 しかしあたしの妄想とは裏腹に、特に怒った様子の無いお姫様がクルリと後ろを振り向いて言う。


「シュトレーゼン、よい。入室前に言ったであろう? ここでの出来事、会話は全て胸に秘めよと」


「しかし……!」


「妾の命令が聞けぬなら出て行くといい。話が進まぬ。ボーマン」


「ハッ」


 お姫様に促されたボーマン様が、粛々ともう一人の騎士様――シュトレーゼン様の腕を掴む。


「な?! 姫様! 私は……!」


「そう、お主は妾の命を心得ぬ不届き者じゃ。――――何故それが分からぬ?」


 鋭い――抜き身の刃物のような緊張感が部屋に走った。


 お姫様の立ち姿や表情に変化は無い。


 ――無いんだけど……それでもこの方が王族なのだと嫌でも分かった。


 言葉一つ……ううん、そこにいるだけで雰囲気を変化させる。


 リーゼンロッテ様にも時折感じられる、上に立つ人が纏う空気――


 それを自分にだけ向けられていると理解したシュトレーゼン様は、続く言葉を変えた。


「…………も、申し訳ありませんでした。以後、姫殿下の命に背くことをしないと誓いますので……出来ればこの場に留まることをお許しください」


「二度は無いぞ」


 淡々と当たり前のように告げて座り直すお姫様の様子は変わらない。


 ……びっくりしたなぁ。


 突然の出来事に驚いているのはあたしだけじゃなく、リーゼンロッテ様やテッドもそうだった。


 それにしても…………。


 お姫様、よく気付いたよね? シュトレーゼン様が怒ってるの。


 後ろにいるシュトレーゼン様の表情なんて見えるわけないのに……。


 気を取り直したお姫様がテトに話し掛ける。


「して、お主……確かテトラと言ったか?」


「うん、初めまして。テトラです」


「う、うむ…………いかん。別にお主がどうこうというわけではないのじゃが、妙な取っ付きづらさを感じるの?」


「……仲良くなれない?」


「そんなことはないぞ? 妾としては是非とも仲良くしたいところじゃ」


「そっかー。じゃあ、友達だー」


「そ、そうじゃな…………なんぞやり難くて敵わん」


 ボソッと呟かれた言葉をあたしの耳が捉える。


 しかし隠しているつもりはないのか、他の人にも聞こえるであろう声量だった。


「して、テトラ」


「はい、お姫様」


「……何故言えぬのじゃ? お主も言うように妾は姫。しかも暗殺されかかった身でのう。今後似たような方法で殺されることもあるやもしれぬ。その手法について知っておけば、対策も容易であるとは思わんか?」


「わたし、そんなことしないけどな?」


「う、うむ。それは重畳。しかし心無い不届き者が同じように襲ってくることがあるかもしれぬ。出来れば知っておきたいのだが……」


「そっかー。でもレイに『言っちゃダメ』って言われてるから」


「ふむ……具体的にはどう言われておるのじゃ?」


「うん。わたしがこういうこと出来るって知られないようにしなさい、って言われてる」


 ああ……テト。


 わかっちゃった。


 さっきのあたし達に対する無視っぷりは、テトが何かしたんだ。


 具体的には……精霊様関係?


 レンが他人に知られないようにってテトと秘密にしてることって他に思い浮かばないし……。


 それを……お姫様が知りたいって言ってる。


 これは…………正直に言うべき? 言わないようにするべき?


 同じようにテッドも思い悩んでいる。


 ということは、テッドもテトが精霊様と仲が良いことを知ってるんだよね?


 ……ちょっと幼馴染同士で話す時間をくれないかなぁ。


 あたし達より先んじてお姫様が口を開く。


「そうかそうか。……しかしそれは『行為』をじゃろう? 妾が知りたいのは『手段』じゃ。どのようにすればその様な事が出来るかを知りたくての。それは言っても構わんのではないか?」


 お姫様の言葉に、テトが小首を傾げて固まり――――再び動き出しては頷いた。


「そうかも」


「うむ。では頼む」


「クロちゃんにお願いしたの。そしたら『いいよ』って」


 自信満々に告げるテトに、お姫様の頭に疑問符が浮かぶのが幻視出来た。


 …………これもしかしたら大丈夫なのかも。


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