第567話


「じゃあまあ……ゆっくり寝れるということで……」


「あんた……ほ、他に言うことないわけ?」


 そんなこと言われても……。


 こちとら漂流からの漂流で、気付けば鯨の胃の中だと言われたこともあるのだ。


 今更何に驚けと言うのか?


 なんならあの扉の向こうから遭ったこともない神様とやらがコンチニハしても……いやそれは驚かない自信がないけども。


 ある程度は許容出来ると信じてる……たぶん。


 そんなわけで――休日のお父さんみたくゴロゴロしたいところなのだが……如何せんチラリとでも動けば体が痛い。


 なので泣いているという醜態を見られたせいかモジモジしている思春期少女バツイチと情報収集という名のお喋りでもするしかないのだ。


「追っ手は?」


 最重要とも言うべき俺の質問に、フランも表情に真剣味を交えながら答える。


「今のところは誰も追って来てないと思うわ。海も風もなんかグチャグチャだったし……。この中で船を動かそうとするほど、輸送船の人員もバカじゃないでしょ? 本当、沈まなくて良かったわよ……」


 ……そういえば、よくこの船沈まなかったね?


 自分で言うのも何なのだが、殴ったり斬ったり……果ては移動するだけでも余波が出ていたと思う。


 海も割れたり斬れたり潰れたり……元に戻ったとしても波の影響で出来た渦が『右なの? 左なの?』と幾重にも分かれて存在していた。


 ほんとによく沈まなかったね?


 それだけに意識を失った後の船の進路なんて知る筈もなく……。


 辿り着いた先は海底でしたと言われても不思議じゃなかった。


 というかその可能性の方が高かっただろう。


「生きてるって不思議〜」


「あ、あれだけのことして……何回も何回も死に掛けたっていうのに、出てくる感想はそれ?」


 うん。


 慣れてっからな……癖になってんだ、死に掛けるの。


 いやこれは自分でもどうかと思うね? 口に出さなくて良かったまである。


 しかしそれならそれで、まだ確認しなければいけないことがチラホラ……。


 取り立てて確認するべきことが一つ。


「それで? ――――杖は?」


 この問いに、しっかりとこっちを見ていたフランが……見つめ合うこと数秒で視線を逸らした。


 プイッと。


 なるほどね。


「返しなさい」


「か、返しなさいって何よ?! これは元々あたしの杖なんだから!」


「バカ言え。いいか? 我が国の言葉にこうある。お前の物は俺の物、全ての富も俺の物、オレサマ、オマエ、マルカジリ」


「あったまおかしいんじゃないの、あんたの国は?! そりゃあ私の国も世界を治めんとするわよ!」


 うん、まあね……大人になって考えるとどうかと思うよね。


「まあ冗談はさておき……杖は俺が預かっとくから。渡せ」


「嫌よ」


「い・い・か・ら……! よ・こ・せ……」


 動かなかった体を無理くり動かして起き上がると、胸を押し抱くようにそっぽ向くフランが見えた。


 こればかりは許容出来ない。


 してはいけない。


 人間とは理性の生き物だ。


 、危ない物にでも頼ってしまう。


 それが手元にあるのなら、それしか解決策がないのなら――


 その時、その危ない物に……人は頼れずにいられようか?


 結果が今の俺の姿である。


 使うよ……使う……絶対使う。


 百人の生け贄が必要で、使ったら絶対に死ぬ魔法の杖?


 だから何だというのか。


 感情が高まった時の人間に理由は無く、また理性を働かせている時の人間は合理的だ。


 どちらの意味であろうと、『力』を使う場面において『否』はない。


 百万の命のために誰かを犠牲にするだろう。


 たった一人の掛け替えのない者のために自分を犠牲にするだろう。


 自分の命が大事だと言う者も……己の命の瀬戸際になったら『もしかしたら』にしがみつくだろう。


 もしかしたら――『死なないかもしれない』なんてゼロに等しい可能性に。


 そこに例外はない。


 勿論、それには俺も含まれる。


 だから……。


 そんな危ない物は、人の手の及ばない何処ぞの山の上か、何処ぞの湖の底にでも埋めてしまえばいい。


 壊れないというのなら尚の事だ。


 …………両強化を四倍に引き上げた際に、折れるかどうか確かめとけば良かったな。


 なんというか……あれの時って、一周回ってシンプルな思考しか出来ないまであるから、他のことに頭が回らないんだよねぇ。


 ……それもよくよく考えれば危険だな。


 今の状況とどっちが危険だろう?


 未だ成人前の嫌がる女の子の胸元に「ぐぐぐぐっ」言いながら手を伸ばしているのだ。


 初めて異世界で良かったと思えたよ……犯罪者天国かな?


 そりゃ碌なもんじゃねえわ異世界。


 しかし伸ばした手が届く前にフランに距離を取られた。


 ……バカ! 立ち上がるのはズルいだろ?! どうやって追い付けというのか?


「……フンだ。そうやって、私が危なくなると自分の身も顧みないのよね? わかってるんだから」


「ああ……?」


 何言ってんの、この小娘?


 距離を取ったフランが、ハーフツインに戻したピンク髪を自慢気に掻き上げて言う。


「あのね? もっとハッキリ言いなさいよ。まだ私に聞きたいことがあるんでしょ? す、すすす好きなら好きって……ハッキリ言うべきだわ! 男らしく!」


 はいぃ?


 幼馴染ターニャ直伝のジト目が顔を支配してしまったからか、ついポロッと幼馴染テッドのように言ってしまった。


「何宣ってんだ、このペチャパイ……」


 命を犠牲にすると言われる杖の一撃は、その壊れないという打撃力をしっかりと活かし、寸分の狂いもなく――――俺を闇へと蹴落とした。


 なんて危ない杖なんだ……。


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