第568話 *アン視点


 珍しくフラフラすることなく……だけど相変わらずフワフワと歩くテトの後ろを付いて歩く。


 さすがに手を繋いで歩くのは憚られたので断ったけど、ふとするとテトがあんまりいつも通りだから、ここが何処だか忘れそうになっちゃう……。


 ていうか本当に何処なの?! 絶対、絶対、偉い人の家じゃん!


 敷き詰められた絨毯は、まるでそれが当たり前とばかりに廊下を覆っている。


 飾られている絵画や彫刻、台座に載せられた壺なんかは置いてある意味も分からない。


 …………ちょっと休憩したい時に水を飲むため……とか?


 恐る恐る覗いてみた壺の中は、あたしが見る限りは何も入っていなかった。


 本当になんであるの?


 疑問に首を傾げていると、いつの間にか振り返ってこちらを見ていたテトにビクリと震えてしまった。


「お菓子入ってた?」


「は、入ってるわけないじゃん。も、もう〜、テトはお子様だなあ」


 こういうのには水を仰々しく入れるものなんだよ?


 ……何も入ってなかったから、結局何をするものなのか分からなかったけど……それは聞いて来ないでね?


「そ、そんなことより!」


「レイのマネ?」


「違うよ! 誤魔化してるの!」


「そっかー」


「そんなことより! ……どうして誰もあたし達に話し掛けて来ないのかなあ? へ、平民なんかと話さない、ってやつ?」


 だとしたらレンも本当のこと言ってたのかなあ……?


 お貴族様は下民と言葉なんか交わさないし、下々民で作った道を歩き、同じ空気を吸わないために常に風の魔晶石を口に含んでる……って話。


 絶対こっちをからかってるだけの嘘だと思ってたんだけど……。


 リーゼンロッテ様はそんなことなさそうだったけど、やっぱりお屋敷の中と外じゃ違う可能性も……。


 別に屋敷の中に誰もいないというわけじゃない。


 何人かとは擦れ違ったし、他の部屋を行き来する人だって見ている。


 でも誰もこちらを注視しないのだ。


 それは見つけられないというか……まるで目に入らないとばかりの無視っぷり。


 テトの存在が無かったら、もしかしたら自分が幽霊になっちゃったんじゃないかって勘違いしてたかも。


 やっぱりお貴族様に仕えるってことは、あたし達みたいなのと話しちゃダメ……とか?


 今も――特に慌てる様子もなく荷物を運ぶメイドさんがあたし達の横を通り過ぎていく。


 そこには不審者に対する警戒や来客に対する敬意のようなものは無い。


 完璧な無視だ。


 これがマナーってやつかな?


「……凄いね、偉い人の家」


「クロちゃん、すごいねー」


 誰? 今のメイドさん?


 疑問にテトの顔を見つめるも、ポ〜っとしてるばかりで何も分からない。


 それでも表情を読めないものかとテトの顔を見つめ続けていたら、あたしの視線に気付いたテトが柔らかく微笑んでくる。


「いま隠れ鬼したら、レイに勝てる?」


「え? ……どうだろ? レン、隠れるのムチャムチャ上手いからねぇ」


 本当、レンが隠れるの上手過ぎるから探すのが上手くなっちゃったまであるよね?


 下手すると気配まで消してくるから。


 結局自力で見つけられたことは一度も無かった……かな?


 泣き喚くテトを往来に放置すると、餌に釣られた獲物のごとく近付いてくるから、捕まえる事自体は簡単だったけど。


 昔のことを思い出しながら、再び歩き始めたテトに付いていく。


 テトは無視されていることが気にならないのか、普段と変らずに話し掛けてくる。


「アンも見つけられない?」


「む。昔はそうだったけど、今なら楽勝で見つけられるね! ……フフン、何処に隠れたとしても今ならバッチリ分かるんだから。いくらレンでも隠れ続けるのは無理でしょ」


「そっかー、良かったー」


 まあ、そんな心配しなくても隠れ鬼なんてもうしないから。


 テトには悪いんだけど……あたしももう大人だしね!


 子供相手ならまだしも、レンも成人したんだから……そっかあ、隠れ鬼とかもうしないのかあ。


 それはそれで、そう思うと少し寂しい気もする。


「じゃあもう安心だねー」


「うんうん、安心していいよー?」


 だから早くターナーの所まで連れて行ってねー?


 テトの説明が悪いわけじゃないんだけど、結構独特だからなあ……通訳出来るのは村でもターナーかレンかテッドぐらいだ。


 ずっと一緒だったっていうターナーなら全部説明してくれるだろうから、とりあえずターナーに会うために部屋を出た。


 勝手に出てって良かったのか心配だったけど……この分だと問題無かったみたいだ。


 また一人、家人と擦れ違いながら長い廊下の先を曲がる。


 テトが曲がった廊下の先は行き止まりになっていて、突き当りには仰々しい豪華な扉に、門番のように立ついかめしい表情の騎士様が――


「待って」


「待つ」


 構わずに進もうとするテトの手を思わず掴んでしまった。


 それはちょっと話が違うと思うの?


 手を掴まれたテトは何を勘違いしているのかギュッと手を握ってきた。


 フワッと笑う笑顔が眩しい。


「テト、それ男の人にやっちゃダメだからね?」


 年々魅力を増してくる妹分の笑顔に、あたしでもクラッとしちゃう。


 最近分かってきたけど、色々と問題あるみたいだし……。


「レイにも?」


「レンなんて絶対ダメだよ。具体的にはレンがダメになっちゃうよ」


「そっか」


 また天使天使ブツブツ気持ち悪くなっちゃうよ? 村でもあれは問題にするべきかどうかって話題になってるぐらいなんだから。


 って、そんなことより!


 結局ニコニコしているテトに、向かう先を確認するべく目立たないように豪華な扉を指差した。


「……ターナーってあそこに居るの?」


「ターナーはあそこにいる」


 『うん』と力強く頷くテトに口元が引き攣る。


 よ、よ〜し、そう……なら、うん……仕方ないね……うん。


「テト、ここからは手を繋いであげるから」


「わーい」


 喜ぶテトの後押しするように、キュと手に力を入れてから、ターナーが居るという部屋に向かった。


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