第566話


 …………いてえ。


 何処がというか……全部だ。


 全部痛いよ。


 なんだったら痛いを塗り替えてくれるぐらい痛い。


 虫歯で歯をゴリゴリされた時にもそう思ったことがあるけど、耐えられない痛みなんて何度となく経験するもんじゃ…………あん?


 ……ここ何処だ?


 ベッドだ。


 どうやら寝かされているらしい……。


 服装はそのまま、というか包帯でグルグル巻きにされていて……これじゃあ看病なのか拘束されてんのか分からない。


 ヴァイン・クリーチャーの包帯版かな?


 えーーーっと……?


 …………そうだ、気絶したんだ。


 甲板に投げ出されたのはともかく、あの声の主は流れ出す血までは止めてくれなかったようで、失血から気を失ったところまでは覚えている。


 助けるんならしっかり助けて欲しい。


 危うく死ぬところだ。


 それで…………?


 いや、覚えている。


 なんかぶっ飛んだ思考になっていたことも、自分がやったことも含めて。


 なんだよ、一旦船沈めるって……バカなのか?


 加速する思考に意識がついて行けないとでも言えばいいのか……酔っている時に『俺なんでこんなことしたんだろ?』と思う感覚に似ている。


 確かに意識はあったのだ。


 あれは自分だと言える。


 しかし説明が出来ず……『酔っていた』で済ませてしまうような支離滅裂さに似た何かを感じた。


 なんだろう…………まあ、もう使わないようにすればいいか……?


 臭いものには蓋だよ、棚上げと後回し精神が大人の証明。


 むしろ成人してからのトラブルの度合いの多さの方に問題があるんじゃなかろうか?


 これが責任転嫁だ、ここまでが政治だ。


 あまりの不運さに「不運だー!」とか叫んでみたくなるけど……俺は知っている。


 叫べば不運度が増すんでしょ?


 ここは粛々とトラブルから離れるのが賢い人。


 だからまずは体を動くようにしよう。


 魔力は…………よし、残ってるな。


 気絶する前からあまり回復した様子が見られないが、回復魔法を使う分には充分である。


 有効さは風魔法の次レベルで証明されている、体を治すという緑の発光魔法を発動させた。


 ――――の、だが……。


「…………あれ?」


 喉からガラガラの嗄れ声が漏れた。


 それというのも体が緑に光らないからだ。


 しかし魔法という不思議現象に裏切られ続けた精神が、『またか』という感想を生み出すだけで焦りは無かった。


 むしろ『なら仕方ないな』という消極的な理由が体を弛緩させる。


 吐息を漏らすのも喉が痛むという瀕死具合だ。


 ゆっくり体が回復するのを待つとしよう…………血は止まってるんだよね?


 不安に思うも、包帯の下が透けて見えるわけでもなく……首を動かすのも激痛だ。


 もう怪我してるのか疲労のせいなのか分かんねえな。


 仕方なく知らない天井ごっこを続けていると、ガチャリと扉が開く音がした。


 ちょっと、ノックしてよね。


 着替え中ならどうしてくれるんだ? 責任取って貰うぞ。


 部屋に入ってきた誰かはトコトコと近付いてくると……俺の枕元に水の入った桶のような物を置いた。


 視界の端を掠める綺麗なピンクブロンドに、誰が入ってきたのかが分かった。


「……なんだ、ピーチ髪か」


 間違いないね。


「きゃあああああああああああ?!!」


 おおおおおおおお?!


 強化魔法を使っていないのにスローモーションが掛かる桶の動きが俺を魅了してやまない。


 なんでこっちに傾くんだろう? なんでゆっくり落ちてくるんだろう? なんで湯気がもうもうしてるんだろう? 沸騰か? 沸騰させたんか?


 急募、体が動かせない時にお湯(熱湯)を避ける方法。


 ピンポイントで包帯の巻かれていない顔へと落ちてくるのは何故なの? これがお約束運命だから?


 俺は痛む肺にも構わずに大きく息を吸った。


「あぢいいいいいいいいい?!」


 そして運命を受け入れるべく叫んだ。


「め、目を覚ましたのね!」


 今にも意識は無くなりそうだけど?


 反射は抑えようがなく、熱さを逃れようと暴れる体が痛みのデフレスパイラルを起こしていた。


 なんなん? マジなんなん?


 殺るんなら一思いに殺ってくれへん?


「……レライト!」


 待て待て待て待て?!


 ――――ごっほ(超有名な画家さん)?!


 感極まったように飛び込んできたフランは、しっかりとお湯で濡れた部分を避けてお腹へと着地している。


 効果はバツグンだ!


 撤回するわ、一思いはやめて。


 感極まるフランに対抗するように、痛み極まる俺も目が潤む。


 こ・の・ガ・キ〜〜〜〜?!


「…………グスッ」


 …………泣くのはズルいだろ?


 膨れ上がる怒りも、美少女の鼻を啜る音には負ける…………変な意味じゃなくね?


 グスグスと腹も湿らせてくる貴族のご令嬢に仕方ないかと溜め息を吐く。


 こういう時のドジは許すのが大人だから。


 泣き止まない子供をあやすべく、全神経を総動員させて痛む右手を持ち上げてポンポンと頭を叩いてやった。


「……子供扱いはやめて」


 パシリと叩き落とされる手に身も心にもダメージだ。


 話が違うんじゃない? 俺の知ってる教科書なら次のページでベッドインまであったんだけど?


 激痛に耐えるべく身悶えしている間に、顔を上げたフランが目をゴシゴシと擦った。


 どうやら気持ちの整理はついたようだ。


「それで……ここ何処……?」


「ここは護衛船の治療室よ。あんた、ボロボロだったから……」


 うん、それについてはありがとう。


 たとえ熱湯被せられたとしても、看病は看病だからね。


 お礼は言っておこう……あとで。


 今はとてもじゃないけど言えないから、そこまでおおらかでもないから。


「捕まったのか……俺? 今、どういう……?」


 続く疑問に目を赤くしたフランが答える。


「どうもこうもないわね。私達、漂流してるわ」


 …………またあ?


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