第562話 *フラン視点
世界が終わってしまうような轟音が轟いた。
壁だ。
水の壁。
偽氷塊の魔法陣から放たれた四つの奔流は、船の速度や防御など、いくらあったところで無駄に終わったであろう破壊力を秘めていた。
逃げ場など無いと言うかのように、船を取り囲んだ白い奔流が、輸送船を蹂躪して、私達に終わりを告げる――――筈だった。
間に合わなかったのだと思った。
運良く繋がった命に恋々としていたから。
このままあいつが何とかしてくれるのかもと浮かれていたから――
――だから、神様は私に罰を与えた。
『お前の役割を放棄するな』って。
『杖を使う覚悟決めたんじゃないのか?』って。
だから――帝国の海で目撃されていた、ほぼ全ての『偽氷塊』が現れたんだろう。
これは罰……きっと私への罰。
『三杖』を使うとした覚悟に泥を塗ったから――――
あいつは「見ず知らずの他人のために命を捨てるのか?」って言ってきた。
そうね、それが私の生き方、私の立場、私の責任……。
そう答えた筈……最初に振り切った時に訊かれたら、きっとそう答えたのだろう。
でも口から出てきたのは、自分でもビックリするぐらい青い台詞だった。
……気付いたかな? ううん、きっと無理ね。
少し接しただけだけど、あいつってめちゃくちゃ…………鈍そうだったし。
「
立場があるから、責任があるから、生き方があるから。
私の精一杯の返事に、あいつは力無く笑っていた。
伝わったかな……伝わってないんだろうな。
もう『次』は無いのに、それでも私は素直に生きれない。
杖を返して貰らえると思っていた。
それしか道が無いから。
でもあいつは――――
護衛に来た兵士に護られながら、世界の終わる瞬間――――水の壁が生まれる瞬間を目撃した。
たぶん……違う。
本当は水柱程度なんだろうけど、あの儀式魔法クラスの魔法攻撃が、相殺された時に生み出す水量の多さ故に壁に見えているのだ。
相殺も、中和なんてものじゃなく……水の爆発。
無理やり魔法効果を吐き出させているような乱暴なもの。
それでも……それだけで、まさに神に及ぶような力――――
「つ、杖を……! 使ったんだわ……きっと」
「……なんと。あれだけの動きや体の硬さを見るに、恐らくは氣属性。『氣』だと、これ程の事が……」
私の呟きに件の小隊長が応えた。
しかしそれどころじゃなく――目頭が熱くなった、景色が『水』で歪む。
肩代わりさせてしまった。
私の代わりにしてしまった。
私が三杖の性能を伝えたから? 私が、私が、私が……!
悔しさと悲しさで気が変になりそうだった。
「……なによ。あんたこそ……なんでそこまでするのよ?」
呟いた声に返ってくる答えは無かった。
私の言葉を呑み込むように轟音が続く。
いつ終わるのか分からなかった水の壁が引いて、盛り上がる水面に輸送船が適応している時に――――見えた。
偽氷塊が砕けるところが。
まるで本当に氷塊であるかのように、崩れて海に落ちていく。
帝国の海の悪夢が……冗談のように散っていく。
余りの光景に小隊長がポツリと呟いた。
「これは……助かりましたな」
そう、そうだ……助かった、助かってしまった。
民を守るために存在するのに……守られて、なんの為の貴族なのよ……。
呆然と、崩れ落ちていく偽氷塊を見ていると、小隊長が続けた。
「――――あのラグウォルク人が、ここで死んでくれて」
「…………え?」
気の抜けたような声が漏れてしまった。
聞き間違いかと振り仰いだ小隊長の顔は、私が思うよりずっと険しいものだった。
小隊長のその意見に賛成するように、私を護るべく立っている他の兵士も頷く。
「ぞっとしますよ、あれと刃を交える未来もあったのかと思うと……」
「戦時ですからね……侵攻される側とあってか戦意も高いでしょうし」
「そ――」
『そんなことしか言えないの?!』という言葉を飲み込んだ。
たぶん、正しいのは彼等で……おかしいのが私だから。
敵国の、しかも手強そうな相手が死んでくれるというのに、喜ばない兵士はいないだろう。
…………悔しい。
なによ! それでも言い方ってものがあるでしょ?! 仮にも命の恩人なのよ? 命の恩人に、命の恩人に…………。
私も何も返せてない。
せめて……そう、せめて――
手の平をグッと握り込むと、いつまでも座っていられないと立ち上がった。
見咎めた小隊長が訊いてくる。
「フランシーヌ殿?」
「まだ終わったわけじゃないわ。気を抜かないで。私にもまだ……やることがあるから。前方の鯨に注意を払ってて! 護衛は要らないから!」
「フランシーヌ殿?!」
言い捨てながら駆け出した。
いきなり走り出したからなのか、それとも護衛を断ったからなのか、躊躇している間に距離を離した。
船は……あるわ!
奪った船が!
だから――――
杖が、あいつの、命を、奪ってしまう前に!
言わなければ。
伝えなければ。
応えなければ!
船に備え付けてあるバランサーの許容値を越えているのか、度々揺れるようになった甲板を、逆戻りするべく駆け抜ける。
その間にも、一つの氷塊がバラバラになって海へと消えていく。
早く、早くしなきゃ! 早く行かなきゃ!
――――あいつのとこに!
私は走る速さを上げた。
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