第561話
ああ……そりゃ見つかるよな。
興奮して叫んだからか、甲板を走ってくる兵士が見えた。
こちらに気付いたようだ。
しかし構うことなく呆然としているフランを見て首を傾げる。
なんでかな? なんでだろうなぁ……。
割と憎めないお嬢様だし、根っこのところでは如何にもなお人好しだが、命を掛けてまで……って程じゃない筈だ。
それでもストンと腑に落ちた。
パクパクと唇を上下させる貴族のお嬢様を見ていて、ふと気付く。
「ああ、そっか。お前の声アレだ。アニソン歌ってた配信者の声に似てるんだ。よく聴いてたよ」
だからか。
なんか妙に憎めないというか……聴き心地が良いなって思ってた。
綺麗な声だったよな……。
どんな曲だったかな?
もう十何年と前だから思い出せなかったわ。
じゃあ、いいよ別に。
貯金は使うもの、保険は降りるもの。
推しのライブは、たとえ命を質に入れたとしても行くもの。
それが――――
「それが世にも険しきヲタク道、ってね……」
まさか異世界来てまで実践することになるとは思わなかったけどな。
「な、何訳分かんないこと言ってるのよ?! 早く杖を返して!」
「ああ、返す返す。返してやるよ――――鯨を殺した後でな」
じゃなきゃお前、杖使っちゃうだろ?
ヒョイと掴み上げたフランを鬼気迫る表情で走ってくる兵士目掛けて投げた。
「ちょ、ちょっとおおおおおおおお?!」
とても大切な者に対する扱いじゃないな。
「あとで攫うから、大切に保管しといてくれ」
突然のダイブに兵士共が慌ててフランをキャッチする。
無事に喚くお嬢様を笑顔で見送り、吐息を吐き出した。
奥の手の出番だぞ、と。
前に遺跡の地下で発動した時は、解ける瞬間に血だらけになったよなぁ……。
当然、意識も失くなった。
今度は近くに世話を焼いてくれる幼馴染もいない。
なんせ敵陣ド真ん中なのだ。
何より…………俺の嫌な予感が『帰って来れない』と騒いでいる。
バカ言うな。
「元々人生なんて一方通行なんだ。戻る道なんてあるかよ」
この先が『生き止まり』じゃないことを祈るぐらいじゃないか?
特に異世界なんてな。
零れ落ちる笑いは細やかで――――練り上げる魔力は莫大なものになった。
もし俺以外の誰かが魔力を見れるなら、巨船と比較しても遜色ない魔力の奔流に何事かと驚くだろう。
現に鯨共に動きがあった。
まだ包囲が完成していないというのに、魔法陣を生み出し始めたのだ。
お前らが気付くのかよ……。
どこまでも厳しい世界だ。
噴出した魔力が、無から有を生み出す不思議エネルギーが、世界を改変する力が、俺の命令を待っている。
望みを叶えてやると唸っている。
…………じゃ、頼むわ。
力をくれ。
今のままじゃ鯨を殺すに足りない力を。
命を投げ出しても見ず知らずの奴らを救うとか言ってる奴を助ける力を。
体の方が持たないなんて馬鹿げた力を――
「――――俺にくれ」
吐き出した願いが、魔力を得て現実の元に顕現する。
渦を巻く魔力が体を改変せんと戻ってきた。
血管に乗り、神経に這い、細胞にすら作用する、奇跡の力が舞い降りる。
筋肉が塗り替えられ、神経が足りないと訴え掛けてくる。
電気信号でさえ遅いと叫ぶ意識に物体の裏側を越えた己の意志が体を動かす。
骨が、繊維が、細胞が、精神すら強化されていく――
圧縮された力が、人の身では足りないと溢れる。
過剰だと破れた血管の作用で目の奥が赤く染まった。
裂けてはくっつく皮膚からは蒸気のような血煙が昇り、新しい感覚器でも備わったのではないかと思える程に外界の様子がクリアに分かった――
三倍にしたときは静かなのに、四倍にすると異様な程に煩い。
――――煩わしさから全てを消したくなる程に。
「フンフン……フン……フフン、フンフン」
細く狭くなる意識を、ちょっとしたノイズが留めていた。
確か……こんな曲だった。
強化された体の機能が、覚えている筈のない魂の記憶から、思い出せずに気になっていた歌を引っ張り出していた。
我知らずと口ずさむ。
思い出される音楽が、聞こえる筈の無い音として耳に響く。
ええと……………………そうだ、鯨を殺すんだった。
鯨、鯨鯨……いるいる。
船の右前に一つ、左後ろに三つ、下に一つ。
少し、遠い……かな?
混在する意志が、加速する思考を止めて、動き出しを遅くした。
それでも丁度いいぐらいだ。
魔法陣から白い奔流が放たれる。
数は四つ。
海の中にいる鯨は、やはり傷付いているのかこれに加わることは無かった。
四方向からの同時攻撃が、輸送船目掛けてやってくる。
――――あくびが出る程に遅い攻撃だ。
避けるのは容易いのだが、それでは船に被害が出てしまう。
輸送船上空への移動は一歩で済んだ。
刹那の刹那。
動いたと気取られるより早く、静かに、その移動は終わった。
上空にて見下ろす。
輸送船へと伸びてくる白い線は四つ。
魔法? 武器? 投げる?
全て必要ないだろう。
子供が地を這う虫にそうするように、俺は軽く手を振った。
圧縮された大気が地続きの奔流へとぶち当たる。
いや大気には最初から触れていたのだ、だからそれは避けようがなく――白い奔流をバカデカい水柱へと変えた。
――――鯨を殺すんだ。
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