第559話
水の中なら勝てるし食えるってか?
――――ナメんなよ。
細かく切れて血を流す指を再び握り締めて拳へと変えると、鯨へと繫がる海水を『面』で捉えてぶん殴った。
唐突に海が凹む。
さすがに鯨の巨体も潜れるだけの深さがあるからか、以前のように海ごと持ち上がるということは無かったが……。
圧縮された海水は鯨へと叩き付けられた。
鼻面に叩き付けられた海水に面食らった鯨が、俺を飲み干さんとしていた大口を閉じる。
鯨の口の中へと流れ込んでいた激流は消えたが、今度は唐突に陥没した海が渦を作った。
それでも鯨が海水を吸い込む勢いよりは緩いだろう。
バタ足――にしては掻き分けることなく、海そのものを階段のように踏み締めて海上を駆け上がった。
大波と渦潮で荒れる海原で、微塵も揺らぐことのない白い鯨が、待っていたとばかりに魔法陣を展開していた。
どっちだ?
判断もそこそこに、荒れる海面を魔法陣目掛けて走り始めた。
直後に白い奔流が放たれる。
目障りな敵を再び海中へと押し戻そうとする圧縮された水流に、初撃と同じく右拳を固めて対峙した。
大気すら歪ませる打撃と空間すら削りとる水撃がぶつかる。
ッ――――ってえなあ?!
水流は絞ることが出来るのか、更に細く……それでも人を丸々と飲み込めるだけの鉄砲水が右拳と拮抗する。
歯を食い縛り、折れる指にも構わず拳を振り抜いた。
――――『テメエも喰らえ』とばかりに百八十度打ち返す。
直後に海面を跳ねて成果を確認するべく海上の鯨へと視線を飛ばした。
強化された肉体を安々と壊してくれる魔法なのだ。
上手くすれば鯨の体を貫いて致命傷を――――?!
真正面から鯨に向かう白い奔流は――しかし鯨に当たる直前、まるでそれが自然なことであるかのように解けた。
むしろ『水』をありがとうとばかりに解けた水流が鯨の体の周りを回る。
「…………どんだけ厳しいんだよ、異世界ってやつは」
少しばかり難易度下げてくれない?
どう考えても、どっかのボス格かレアな賞金首モンスターだろ……あれ。
なんでそんなのが二匹もいるんだよ。
番いだとしたら、これほど迷惑な生態系もないだろう……異世界だったらなんでも許されると思うなよ?
足場を求めて海面を跳ね続けていると、やはりそうなるのが必然のように輸送船へと戻ってきた。
護衛船の方は渦潮と津波で戦闘海域から離脱せざるを得なくなっている。
ちょっとした段差を越えるように甲板へと戻り一息ついた。
……動きの方はそれ程でもないけど、魔法がめちゃくちゃ厄介だな。
ある程度自動で追尾してくるから質が悪い。
巨体故に攻撃が当たることが幸いしているが、巨体故にこちらの攻撃が効きづらいことも難点である。
一発入れられれば沈むとは思ったけどさあ…………沈むって別に物理的な意味の方じゃなくてだね?
海中にあった鯨は……少なくとも直ぐさま死ぬような状態には見えなかった。
それでも再び海上へと姿を見せないことから、ある程度のダメージは入っていると見るべきだろうか?
入っててくれなきゃ困るぜ……次も控えてんだからよ。
返された水を持て余しているのか……それともまた別の策があるのか、己の周りでグルグルと回している鯨を睨む。
少なくとも海上の鯨にダメージは無い。
あれでいくらかダメージを与えられる目算だったんだけどなぁ……。
いくらか計算に狂いが生じているが、一対一の勝負なら間違いなく勝てるだろう。
問題は相手が二匹居るということだ。
あの水ビームが連射出来ないようなのが救いだな……――それだけに二匹同時に撃ち込まれるとキツいかもしれない。
一発……いや一匹を輸送船が引き受けてくれていたからこその各個撃破だったが、こちらの戦闘力を把握した鯨共がどう動くかで戦況が変わるだろう。
奇襲は……もう使えないか?
鯨も、まさか単身で安全圏である輸送船から飛び出して自分達にダメージを与えられる存在がいるとは思ってなかった筈だ。
『次も……』というのは美味い話だろうか?
それでも行くしかないな……。
海の上で、制海権が向こうなのだ。
ここで勝つしか道は無い。
息を整えている間に、次の攻撃手順に頭を回していると……軽い足音が近付いてきた。
「凄いじゃない?! あんたあんなことも出来たのね?」
来たな、
恐らく混乱に乗じて味方の目が離れた瞬間に抜けて来たのだろう。
……そんなんだから攫われんだよ、能天気。
実力は一度見せているんだが、鯨程の巨体相手だと理解するのも容易いんだろう。
お前を狙ってる獣人の方が強いかもよ、って言ったら腰抜かすかな……?
パタパタと駆けてくるフランが、フラリと立ち上がる俺の姿を目撃すると足を止めた。
「あ、あんた……大丈夫? ボロボロなんだけど……」
「ああ、傷は治した」
「そ、そういう意味じゃないわよ! 血とか、傷とか……痛みが無いわけじゃないんでしょ?!」
……………………痛み?
……あ、ああ。
「……痛い」
「もう! 意地張るからよ! 王国人なのは分かったけど、時と場合ってのがあるでしょ?! ここは一旦、私達と協力して――」
言い掛けて詰め寄ろうとしたフランの表情が青白く染まる。
…………どうした?
視線は俺の――――遥かに後ろを見ている。
海上の鯨ではない。
じゃあ海中に沈めた鯨が浮かんできたか?
何分海の中を調べるのはどれだけ強化したところで苦手なのだ。
確認するべく振り返ると、そこには予想通り縮尺が狂ったような白い塊が、船の後方の海に一つ――――
――――二つ、三つ…………
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