第557話
敵対を決めたからか……不思議とさっぱりした気分だった。
だから右手がボキボキに折れようとも気にならないし――
しこたま魔法を撃ち込まれようとも気にならない……ほんとムカつくわ〜。
やったことないけど、上司に辞表を叩き付けたら同じような気分になるのかもしれない。
いや本当……定年まで務めるのが正しい判断だって分かるんだけどね?
人間は何も損得や合理性だけで生きているわけじゃない、ってのもよく分かるよ……。
……損得と合理性が無ければ生きてもいけないんだけどね。
――――少なくとも、ビックリして素の表情を曝け出しているフランを見られただけ、得はしている。
ハン、と鼻で笑ってやると、後ろにいる魔法使いや武装兵共の方が気色ばんだ。
何やら誤解がありそうだったが、気を使う必要は感じなかった。
なにせ解雇されたばかりなんで? どっかのご令嬢と違いまして、いきなり魔法を撃ち込んでくる輩に配慮するほど、俺は優しいつもりがない。
これ以上、折れない杖相手に奮闘するのも馬鹿らしかったので、適当に腰紐に挿して吊るした。
あとで適当に捨てようと思う。
なんかよく分からんが壊れなかったのだ、きっと重要な杖に違いない。
あの黒髪ポニテの剣なのか刀なのかハッキリしない謎武器レベルに頑丈だったから間違いないだろう。
なんて国益に沿った行為なんだろうね? 国民の鑑かな?
俺が杖から手を離したことで明らかに場の緊張感が薄れた。
特にフランの安堵は傍目に見て分かるぐらいだった。
例の『魔法使っちゃダメ』発言に基づくものだろう。
魔法を使うのに杖だぁ?
バカ言っちゃいけない。
魔法に必要なのはヲタク脳と拳だよ……やれやれ、これだから異世界人はなっちゃないんだ。
ファンタジーが足りてないんじゃないの?
「チャ、チャノス? ふざけてる場合じゃないのよ? ……杖を返して。ちょっとした誤解から擦れ違いが生まれてるけど、それは私が解いて上げるから」
一理ある。
真剣な表情で手を伸ばしてくるフランに頷きを返すと応えた。
「チャノスチャノスと馴れ馴れしいぞ? 俺のどこが妻帯者に見えるっていうんだ? どっからどう見ても独身ですけど? そうだな。誤解があるようだから言っとくけどな、今や忘れられて久しい俺の名はレライト。レライトだ。いいな? レライトだ」
「…………それは偽名でしょ?」
むしろそれ以外が偽名だよ。
こちらの口調の変化に、驚きから僅かばかり言葉に詰まったフランだったが……会話を続けんとどうにか言葉を捻り出してきた。
そうでもしないと、後ろで剣やら杖やらを構えてる方々が攻撃を再開してしまうからだろう。
お人好しめ。
俺はお人好しの好意に応えてやるべく口を開いた。
「本名も本名だが? なんなら王国の徴兵名簿でもくすねてきて名前を探してみるといい。載ってるから。もしかしたら死亡者リストの方かも知らんけど。いいか? 俺は王国出身の農兵で、あんたらが絶賛殺し合い希望してる王国人だ。都市国家群とやらには行ったことも無ければ聞くのも初めてだわ。当然貴族でもない。独身だけど貴族じゃない。オーケー?」
「……ッ?!」
恩を仇で返して傷口に塩を塗り込むような俺の発言に、ここまで失礼なことは言われたこと無いとばかりの表情のフランが言葉を失う。
しかし構わずに続ける。
「だからこの杖も返さない。人の立ち入れない水の底とかに捨てる。船も沈めるし、なんなら後ろで怖い顔してる奴らも沈める。怖いからね? あとドンドンドンドンとうるさい鯨も仕留める。肉が美味かったからね?」
言いながら回復魔法を使って折れた右手の指を元の形へと戻した。
緑色の光が照らす俺に、再び緊張感が高まる。
ああ、そうだよ、回復魔法も使える。
「ふ…………ふざけてる場合じゃないのよ、チャノス。本当に。まだ間に合うわ……まだ間に合うから……!」
「いいやもう間に合わないね。間に合わせる気もない」
呟いて一歩踏み出した。
詰められた分だけフランが下がる。
「フランシーヌ様! こちらへ!」
直ぐにフランの後ろにいた魔法使いや兵士共が動いた。
フランの盾となるべく大盾を持った兵士が俺とフランとの間を阻み、射線に重ならないように魔法使いが位置取る。
鯨の警戒もやめるつもりはないようで、二正面に分かれた部隊がそれぞれの相手へと注意を向けていた。
大した練度だなぁ……どっかの徴兵部隊とは物が違うね。
なんせこちらは出発前に喧嘩するぐらいなのだ。
アットホームな職場です! という褒め言葉しか見つからない。
剣や槍を突き付けられたが、構うことなく更に踏み込んだ。
大盾に囲まれたフランが、盾の隙間から混乱したように言ってくる。
「待って……! 待って、待って……」
「いいや待たない」
更に踏み込んで距離を詰める。
「あんた死にたくなかったんじゃないのか? 俺はその気持ちには共感したんだぞ? ああ、分かる、分かるよ。むしろ分からない方が変だろ? 誰だって死にたくないさ。なあ? なのに見ず知らずの奴らのために……命を捨てる? それが貴族だから?」
「ち、違う! 違うの……ねえ、ちょっと待ってってば?!」
「違わないさ。それが貴族なんだろ。でも知らない。知るか。知ったこっちゃないね。俺が知りたいのは貴族がどうとか、そんな階級有りきのものじゃない。俺が知りたいのは――気持ちだ。想いだ。つまり本音だ。だって言わなきゃ分からないだろ? 見えやしないんだから」
近寄らせまいとした兵士の一人が槍を突き出してくる。
構わずに距離を詰めた。
救うと決めた、命を狙われている少女から――視線は逸らさなかった。
ズブリと減り込んできた
強化された肌に拮抗していた槍の穂先が、俺の歩みに負けて押される。
動揺が波のように広がり、幾重にも槍や剣が伸ばされる。
突き付けられる刃が、俺の歩みを止めんと邪魔をしてくる――――
関係ないね。
物理的な圧力を伴い、無数の刃を押し返しながら強引に人垣を割ると――絶句するお嬢様に告げた。
「逃げないだと? 違うね。俺があんたを逃がさないんだ。帝国臣民? 鯨? 知るかよ。俺は逃げるぞ。命が大事だからな。あんたは違うのか? なあ……あんたが『命を張ろう』って程の想いがここにはあるのかよ。俺には……とてもそうには思えない。だから――」
更に一歩踏み込んで、逃げ場を無くしたフランに言った。
空を映したような瞳の中に、俺の姿が見える。
「――俺はあんたを攫うことにした。俺にはあんたが必要だ」
――――船の運転が出来ないからな。
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