第556話 *フラン視点
……そ、そうよね? これくらい……やるわよね? 氣属性なんだし……。
街中で暴れていた時は、足場にしていた建物を壊していたぐらいなのだ。
しかも水属性との複数属性持ち――
もしかしたら……属性が『水』だけに、鯨の水魔法を和らげる手段を有していたのかもしれない。
じゃなきゃ――少しばかりおかしいようにも思えた。
き、『氣』って……ここまで出来るものなのかしら?
だとしたら自分の習っていた氣属性に関する知識を、大きく変更しなくてはならない。
まさか……広範囲高出力の大規模破壊魔法を、殴って退けることが出来るなんて……。
チャノスの攻撃方法は知っている。
徒手空拳だ。
酷く原始的で、剣や杖……ましてや魔道具なんかを使っている様子は見せたことがない。
……魔法使いの筈なのに。
だからハッキリと確認したわけではないけれど……ほぼ間違いなく、鯨の高出力水魔法は殴って逸らしたのだろう。
それが本当なら、他国が氣属性魔法使いを優遇するのにも頷けた。
こんな……いくら強化されるからって、所詮は人の体なのに……。
雨や風に耐えることは出来ても、体一つで天候を変えることなど出来ないように――
『氣』は、元素を操る魔法の力に決して敵わない。
だからこそ『五槍』や『七剣』よりも、帝国にある『三杖』の方が強い……そう思っていた。
しかし――
瓦礫の中から平気そうな顔で立ち上がるチャノスを見ていると、自分の中の常識が揺らぎそうで困る。
…………怪我、してる。
それは当然と言えば当然なのだが、恐らくは魔法を殴ったとされる右腕から血を流していた。
右手の指も変な方向を向いてるわね……折れたのかしら? そうよね……。
怪我をしているということに、何故か少し安心感を覚えてしまった。
何処か……そう何処か。
――――まるで自分達とは違う生き物のような気がしていたから。
立ち上がったチャノスが、足元に落ちていた『契約杖』に気付いて拾い上げた。
「あ――」
途端に兵達が緊張した面持ちになる。
防御一辺倒だった守兵だというのに、腰に携えた剣を抜きかけている。
……無理もないわ。
彼等にしてみれば、突然の闖入者に酷く危険な国宝を奪われたようなものなのだから。
それが鯨の攻撃を逸らしてくれた味方だとしても、緊張ばかりは仕方のないことだった。
様子見をしているのは、何も兵士達だけではなかった。
先程もそうだったのだが、あの濁流のような攻撃は連続して放てないのか……鯨も沈黙を貫いている。
もしくは自分達の攻撃を防いだ何者かを警戒しているのかもしれない。
――――って! それどころじゃないわ!
もし杖を握った状態で、チャノスが魔法を使ったら――――?!
「チャノス! 待って! 魔法を使っちゃダメよ! 使うにしても、その杖を持ったままじゃ絶対にダメ!!」
慌てて立ち上がりながらチャノスの方へ駆け寄る。
途中で振り返り、未だ臨戦態勢の兵士達にも手を振り上げて止まるように促した。
「待って! 大丈夫! こいつは味方だから! だから――――」
「いいや、敵だが?」
……………………え?
後ろから浴びせられた声が、知っている者の……しかし今までに無い慇懃無礼さを伴っていることで、まるで別人のように響いた。
理解が遅れた一瞬で、もしかして後ろに立つ人物が入れ替わったのではないかと振り向くも……そこに立つ『水』の魔法使いの姿は変わらず。
ただ…………本当に不機嫌さを隠すことなく立っている。
チャノスが言う。
「なんだ? 助けに来たよ! とか言うとでも思ったのか? それとも敵の敵は味方とかいう理論か? いやあり得ないから。敵の敵も敵だから。なんなら味方も敵だから。ハハ。どうなってんの、この世界は? どいつもこいつも敵だらけじゃねえか?! じゃあいいね? 目につく奴、片っ端からぶっ飛ばせば解決だね? やったね。とりあえず揺れが目障りだから鯨を先にやるだけで、お前らも敵で間違いないから。船酔いが嫌だから鯨が先。お前らは後。それだけだ。分かったか? 分かったな? 分かっとけ。ところでお嬢様、この杖って大切な物ですか?」
「え? は? チャ、チャノス……?」
「誰それ? 商家の倅かな?」
呟いて、素知らぬ顔で、チャノスが『契約杖』を握り締めた。
浮き上がる血管に……なんなら風すら起こす勢いで――
明らかだ。
明らかに――
折――――――ッッ?!
「――――ッ
女魔法使いの声が響いた。
色とりどりの魔法弾が、私を避けるように弧を描いてチャノスへと飛ぶ。
その一つ一つが、人を殺傷せしめるには充分な威力があった。
それが無数に飛んでいる。
思わず身を竦めてしまう程の迫力があった。
しかしチャノスは――まるで庭にある木を眺めているとばかりに、撃ち込まれる魔法弾を躱さずに見ていた。
――バカ! なんで避け……?!
魔法がチャノスに当たる――僅かに前。
手の届く範囲で、魔法が暴発した。
――――いや、打ち落されてる。
幾重にも上がる各属性の花火が、魔法が威力を発揮していることを教えてくれている。
拳を固めて打ったから……それが何なのか?
確実に手には当たっている。
余波だって受けている。
しかし――――
蒸気や土煙が舞い上がる中……姿を表したチャノスに変化は無く……。
ただ拳と共に振り回したのであろう、未だに握り締めている杖を見て愕然と呟いている。
「……これ壊れないんだけど? 何製なの? また不思議金属か?」
私は二の句を上げられずにいた。
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