第551話
とっさにフランを抱いて床を跳ねる。
「さすが! お嬢様の魔法だけある!」
「〜~〜〜ッ?!! バカッ!! どう考えても違うでしょ?!」
そうなの? ああ……魔力減ってないやん。
それにしても地震が起きないなんて世界のくせに最近はよく揺れるね、この世界……。
かなりの揺れように転覆を恐れて素早く階上へと駆け上がった。
「津波だわ! 海が持ち上がったのね!」
跳ねるように船の中を進んでいるとフランが叫んだ。
海が持ち上がるってどういう状況なの? これは俺の常識が無いせいとは言えなくない?
飛び出した甲板の向こう側では、激しく荒れる海と――――視界を防ぐ霧があった。
「ちょっと?! この霧消しなさいよ!」
……無理なんだよねえ、これが。
「お嬢様。太陽に『少しばかり休んでもろて』と言ったところで昇るのを止めることは出来ないでしょう? ――それです」
「何が『それです』なのよ?! 訳分かんないわよ?!」
俺も自分の魔法が全然分かってなくてですね? なに? 普通は消せるもんなの?
出した水や蔓なんかは自然に帰すのが俺の魔法でして……火は…………そういや、火は消せるな?
指先に灯したライター魔法や焚き火魔法なんかは鎮火までがワンセットだ。
となれば話は別である。
試しにと念じてみるだけならタダだ。
未だ波に沿って揺れる船上で己が魔法に向かって念じてみた。
無駄だった。
「……俺、自分の魔法が嫌いになりそう」
「贅沢な悩みね?!」
愚痴混じりの呟きを腕の中に居るフランに拾われてしまった。
しかしこの状況では放すわけにもいかなかったので仕方ないだろう……。
未だ高波は止まず、むしろいつ転覆してもおかしくない程に海は荒れている。
フランが叫ぶ。
「とにかく霧を消して! 近くにデカい魔物が打ち上がったんだわ! このままじゃ敵が見えない! 船が沈められちゃう!」
じゃあ方法は一つだな。
両強化魔法の係数を三倍に引き上げ――――僅かな瞬間を物にすると揺れる船の上で膝を押し曲げた。
「しっかり捕まっててくださいね?」
「――はあ?!」
海の荒れようからして、今度は俺でも落ちたくない――
ズドン! という――大砲の発射音のような音を響かせて跳躍した。
「――い――! ――あああ―――あああ?!」
高過ぎて途切れ途切れになる悲鳴が空に軌跡を残す。
無理な負荷を掛けられた船が殊更大きく揺れると――――不規則な揺れだったせいか次の高波には耐えられずに、とうとう転覆してしまった。
……
一息に巨船の甲板――更に上の見張り台の先頭まで跳び上がると、イメージのままに魔法を使った。
願ったのは『風』――――強風だ。
四方に放たれた風が深い霧を吹き散らしていく。
今思えばまだ真昼だというのに薄暗く感じていたというのだからよっぽどだろう。
一斉に晴れた視界には……甲板にひしめく数百の兵士と、海に浮かぶ白い小島――のような鯨の姿が見えた。
巨船と比較しても遜色がない……お嬢様曰く『デカい』魔物ってやつだ。
しかしあれでもまだ、俺達が食われた鯨には幾分足りないように思える。
……子供かな?
話を聞くに、このサイズで魔物じゃないって話だったから、これだけの兵士がいれば――
鯨の前面、巨船に向けた空間に、青白く光りながら魔法陣のようなものが浮かび上がった。
魔法陣の魔力は――――鯨から流れ込んでいる。
護衛船から、いつか食らった火砲のような物が鯨に向かって放たれる。
それでも鯨にしたら大した大きさではない火線だ。
しかし嫌がるような素振りを見せた鯨は、その魔法陣の向きを変え――――
…………気のせいかな?
――――こっち向いてない?
跳び上がるのと、魔法陣から魔法が放たれるのは同時だった。
魔法陣から放たれた白い奔流が俺達が足場にしていた見張り台を削り取って彼方へと消えていく。
僅かに掛かった飛沫から、それが『水』であることは窺い知れた。
……ウォーターカッターかな? いや、混じり気のない水っぽいから……つまりは水鉄砲か。
いや規模よ。
とんだ水遊びもあったものだ……あの巨体も含めて戯れつかれただけで死ねる。
姿勢を制御しつつ甲板の端の方へと着地する。
どうやらこの霧騒ぎと白鯨の登場で、こちらに気付いた兵士はいないようだった。
居てもそれどころではないだろう。
……というか、普通にチャンスだな?
これだけの騒ぎだ、わざわざ機関部を壊しての足止めなんてしなくても、誰も俺達を追って来られないんじゃなかろうか?
なんなら霧騒ぎすら鯨のせいに出来そう。
なんてこった……鯨は神様だったんだね?
護衛船と違って巨船は足場が安定していたので、床に降ろしていたフランにこの絶好のチャンスを告げる。
「お嬢様、今がチャンスです。逃げましょう。この騒ぎなら誰も追って来れません。完全に追っ手を捲けます」
「…………へ? なに? 逃げ……るの?」
ちょっとアクロバティックな動きをしたせいなのか、青い顔をしてへたり込んでいたお嬢様が、鯨とそれに対抗している兵士の方を見た。
どうやら魔法を使える兵士も出してきたのか、巨船から数十に及ぶ魔法が鯨に向かって飛んでいた。
しかし鯨も然る者。
今度は水の膜で自らを包み魔法を寄せさせまいとしている。
怪獣大決戦の模様を呈していた。
余所者は席を外すのが習いじゃない?
爆風で吹き上がった風が頬を流れていくことで、自失していた意識を取り戻したフランが……瞳に力を宿して立ち上がった。
杖を握り締めて――静かに言う。
「私は……逃げないわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます