第550話


 手早く見張りを気絶させて、ちょっと膝が笑っている貴族のお嬢さんを占領した船に招待した。


 少し『懐かしいな』と思うのは、俺もこんな感じだったからだろう。


 初めての対人戦……村にやってきた賊共をブチのめす際は、内心はヒヤヒヤで……正直、理由があろうとなかろうと『こんなことやりたかないんじゃ?!』って思ってたよな。


 『なんで俺が』が合言葉だ。


 だからこそ杖を強く握って離さないフランの気持ちも理解出来る。


 ……でも後は機関部を壊すだけだから、詠唱しながら歩くのはやめて欲しい。


 先頭はフランが杖を構えて歩いている。


 船の内部構造がよく分からないので、そこは餅は餅屋と頼んだ次第である。


 出来れば俺達が逃げる船以外の全ての船の動力を止めるまではバレたくなかったので……そこは燃料を抜くなり、エンジンだけ壊すなりとしたかったのだが……。


 この様子じゃ、船ごと沈めかねない気も……?


 所構わず魔法を放ったりはしませんよね?


 予習するように……もしくはとんでもなく長い呪文を唱えている? フランの後ろへと続く。


 護衛船の大きさは全長三十メートル、高さが二階建ての建物ぐらいある。


 部屋数もそこそこで、知らなければ機関部を探すのも手間だったろう。


 操舵室の下の部屋の床下収納のようなハッチに隠してあった梯子を降りて、計器類が並ぶちょっとした部屋の壁を手に、フランは足を止めた。


「ここが機関部エンジンよ」


 そうですか、じゃああとはこちらで壁をぶち抜いて壊しときますね? ――――とは言い出しづらく。


 何故かちょっとシリアスになっているフランに、二の句が告げられずにいた。


 ……テロ行為の加担に気付いちゃったかな?


 しかしこちらの内心のドキドキに気付かれた様子は無く、フランは呪文を唱え始めた。


 派手じゃない程度でお願いしたい。


 歌うように紡がれる呪文。


 鯨の胃の中で、シェーナが呪文を唱えていた時と雰囲気が重なる。


 同じ流派ってやつなのだろう。


 相変わらず……呪文ってやつは何を言っているのか意味が全く分からない。


 「ヤー」だの「ウールシェーム」だの、不思議な響きを伴って聞こえる。


 一度テッドに全く同じ発音で呪文を聞き返したことがあるのだが……向こうが言うには「全然違う」とのことだった。


 ちゃんと「ヤー・ウェン・トゥ」って言ったんだよ? そしたらテッドは全然違うと首を振って「ヤー・ウェン・トゥ」って言い返してきたのだ。


 同じやんけ。


 これ以上似せれないって程に似せたというのに、一ミリも合ってないと言われたのだから意味不明である。


 きっとこのフランが唱えている呪文も、本人に確認を取ったところで「全然違う」と言われてしまうんだろうなぁ。


 たぶんだが、呪文の長さを逆手に取って、歌のように覚えているのだろう。


 それにしても…………随分綺麗な歌声だ……。


 …………いや待て長い。


 呪文の長さが威力や範囲に影響することは、テッドの修行を見て知っている。


 これは下手したら船が吹き飛ぶクラスの――――


「待っ――!」


「――――『火と光の裁きコール・オブ・ジャスティス』!!」


 俺が制止する声も届かずに結ばれた言葉は、こちらの世界の言葉で、ここだけは意味が通じた。


 少なくとも中級以上の――……?


 …………あれ?


 練り上げられた魔力は――――変わることなく、フランの体に留まり続けている。


 杖を向けた先の壁には焦げ跡すら付かず……。


 『それが効果なんだよ』とばかりに場を沈黙で満たしていた。


「…………お嬢様?」


「……――」


 それでも時間に限りがあるからと恐る恐る口を開けば、フランは俺の問い掛けに答えることなく再び呪文を唱え始めた。


 それは最初に唱えていた呪文とは違う呪文……なのだろう。


 違う歌だ。


 ……俺の制止が聞こえていて、途中で魔法を取り止めてくれた…………とか?


 分からない。


 分からない……が、今のフランの鬼気迫る様子からは、軽々しく言葉を掛けづらい雰囲気があった。


 先程よりも早く、歌の終わりが結ばれる。


「――! ――――『痺れを帯びる光』!」


 しかし結果は変わらず。


 強いて違いを上げるとするのなら、フランの持つ杖の先がプルプルと震えていることだろうか?


 …………そういえば、フランが魔法を使っているところ……目にしたことはなかったよな?


 しかしこの世界の常識じゃ、貴族というのは使と言われている程に魔法の才能があるそうで……。


 それこそ平民からの成り上がりでなければ、殆どが魔法を使えると聞いた。


 そしてフランの御家柄は、が海軍の上層部に名を連ねる程のお偉いさん……。


 つまり…………。


「出来るわよ……私にも。出来る、絶対……!」


 そうか……。


 なんで早々にやらかした姉を廃嫡しないのかな、とか……なんで継承権が残る直系の娘を外に出したのかな、とか……。


 触れてなかった疑問にも合点がいったよ。


 …………そうかあ。


 別に見せびらかしたわけじゃないけど……さっき俺が霧の魔法を使った時も……悔しかったんだろうなぁ。


 それこそ僅かな水を生み出す程度とは比べ物にならないぐらいに。


 再び歌い始めるご令嬢に、なんと声を掛けていいのやら……。


 …………どうしよう? 閉店前のノリで「そろそろお時間の方が……」って言って通じるかなぁ?


 そして――――フランの三曲目が終わりを迎える前に。



 船が大きく傾いた。


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