第549話


 でも霧ってそこまで珍しい魔法でもないと思う。


 飲料水生産機である幼馴染も、規模こそ違えども似たような水蒸気を魔法で出しては喜んでいた記憶がある……。


 チャノスの方は、師匠であるドゥブル爺さんの魔法属性が違うからか、新しい魔法が使えた時の喜びようも一入だった。


 ドゥブル爺さんが知っている『水』の呪文を試行錯誤しながら覚えてたんだけど……。


 やっぱり教える人先達の重要性ってあるよ。


 チャノスが水蒸気魔法を覚えた時期に、テッドも火の玉を撃ち出す魔法を覚えていたんだが……それがどういう風に作用してなのか、その直後に冒険者として出てったもんなぁ……。


 俺の知らない焦りや葛藤があったことは間違いないだろう。


 共に切磋琢磨していた二人で……そして最も近い競争相手でもあった二人だから。


 アドバイスしようにも……そもそもの魔法の使い方からして違うのだから、それもチャノスの選んだ道だよなと見送ったのも懐かしい……。


 直後に『殺してやろうかな?』って思ったことは置いといて。


 ……やっぱり規模が問題なのかな?


 霧の中で手を引くフランは、俺の魔法に思うことがあるのか先程から黙り込んでいる。


 確かに広ければ広い程いいと思って魔力を送り込んだ自覚はあるが……。


 今や霧の魔法は、僅かでも隙間があれば入り込めるとばかりにその魔手を巨船全体へと広げていた。


 何故分かるのかというと…………。


「…………なんだ?」


「おい! 何も見えないぞ?! どうなってるんだ!」


「なになになになに?! なんなのよ、これ!」


 強化された聴覚が、遠く客室らしき部屋から響く悲鳴を捉えているからだ。


 外に広がった霧を思えば、その範囲は巨船すら飲み込んでいることだろう。


 分かる分かる……俺も山道を車で走行中に霧に遭ったことがあるんだけど…………あれはマジで怖かった。


 粘性があるような深い霧で、少し前も見えない程の視界だった。


 危ないからと止まったんだけど……対向車や後ろから来る車が、こちらに気付くかどうかも微妙で余計に怖かったのを覚えている。


 ……あの時の霧もこんな感じだったよなぁ。


 今は強化された感覚が送ってくる情報で、たとえ視界が潰されたとしても自由に動けるからそこまでの恐怖は無いけど。


 巨船の内部構造は把握していないが、客室が船の内側、廊下が外側に配置されていたのは分かった。


 部屋に窓が無かったことからも、どうやら外側は意識して動けるように作られているらしい。


 魔物なんて生物が跳梁跋扈する世界だからこその作りだろう。


 お陰さまで護衛船を潰すのは楽そうだ。


 例のスタッフ専用っぽい扉から、カンカンと足音を響かせながら船を窓沿いに進んでいる。


「誰だッ!」


 誰何の声も足音があるからこそだろう。


 霧の向こうで槍を構える兵士の姿が手に取るように分かった。


 一人か。


「賊だよ」


「こッ……?!」


 フランから手を離すと、体を滑らせるようにして槍を持つ見張りへと接近した。


 振り払おうと振るわれる槍を押さえて腹に一撃を放り込む。


 しっかりと金属の手応えを返してくる鎧を、関係ないとばかりに打ち抜いた。


 悶絶して白目を剥く見張りを掴み、大きな音を立てないようにとゆっくりとその場に降ろす。


 歩哨が立っているということは、ここが連絡橋なんだろう。


 おあつらえ向きに、似たようなそれっぽい扉が存在している。


「…………どう?」


 霧の中で身を縮こまらせているフランから声を掛けられた。


 さすがに事の成否は気になるようだ。


「無事に気絶させられました」


 小声での遣り取りだが、近くに他の兵士の気配は無いのでそもそもの心配はない。


 雰囲気だよ、雰囲気。


「そう……そうよね。それくらいやれるわよね」


 おっと?


 なんか棘のある言い方だな……。


 傲慢っぽい話し方には定評のあるお嬢様だったが、こういうチクリとした苦味が利いた言葉を放つのは珍しい。


 どうしたの? 調子悪い?


 いつもならもっとバッサリと斬るでしょ? 今更遠慮しなくてもええんやで?


 俺の心配を余所に、一息吐き出したフランがツカツカと歩み寄っては――――


 壁にぶつかった。


「……」


「……」


 そら見えてないもんね?


 よくそんな自信満々に歩けたな? 一種の才能やで。


 こすりこすりと鼻の頭を撫でている婚約破棄令嬢が可哀想カワイイ。


 やめろ、これ以上俺を誘惑するんじゃない。


 いっそ負けて貰って放牧させたらどうなるのかな? なんて考えさせるんじゃない! やめてくれ?!


 邪まな事を考えていたせいか、音も立てていないというのにピンポイントでこちらに振り向いたフランにビクリとなった。


「〜〜〜〜っ! 味方の視界まで塞ぐなんて、使えない魔法ね?!」


 尤もだ。


「すいません。精進します」


「いいわよ、別に! 精進しなくても! 私には関係ないことだわ!」


 なんか怒ってる? やっぱりお腹空いちゃった系?


 プリプリと怒っているフランが差し出した手を握り、扉の向こうまで誘う。


 やはりちょっとした空間と反対側にも扉があった。


「……フン! 没落した傍系の魔法使いに、本当の魔法使いの妙技ってのを見せてあげるわよ」


 元気を取り戻した婚約破棄系お嬢様が、やる気も露わに杖を握ってそう言った。


 うんうん、やっぱり元気なのが一番だよな?


 たとえテロ行為に強制加担させられていてもね!


 ……なるべくフランが見つからないようには立ち回ろうと思っている。


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