第548話


 魔法、と言って直ぐに思い付くのは何だろう?


 それは決してフィジカルを強化出来るものじゃなく、たぶん手から火やら水やらを生み出すそれだと思うのだ。


 ぶっちゃけて言うと遠距離攻撃手段である。


 …………うん。


 橋側の扉から顔を覗かせて、豆粒のような大きさの船を、強化された視力で捉えている。


 ここで俺の魔法が便利なら、火の玉でもぶつけて船を沈めることだろう。


 バッチリと視力は強化されているので、たとえ豆粒より更に小さく見える見張りだろうと避けて船そのものに着弾させられると思う。


 問題は――手からそれっぽいのが出ないことだよねぇ……。


 イメージも強く、強者感増し増しで片手から火球を撃ち出す己を思い描いて魔力に命令しているのだが……。


「なにしてるのよ?」


「腕のストレッチです」


「そんな所でやってたら見つかるわよ?」


 一つとして出ないのだ。


 火球もそうだが……雷も、岩塊も、なんならビームすら出ない!


 なんなの俺の魔法? なんでそんなに頑固なの?


 唯一出せるのは風の刃なのだが……どうも遠距離というには中距離程度の魔法らしく、ここからでは届かない…………というか届いたところでどうだというのか?


 船にちょっと傷が付くぐらいですよ。


 中規模程度の船とは言うものの、それは巨船に比べればという話。


 護衛船も大型のクルーザーを更に大きくしたレベルの船なのだ。


 フランが言うには、護衛船一つで百人程度が乗っているらしいから……それはそれで困る規模だろう。


 五人程が残っていたので、残りの九十五人は船内の査察に組み込まれている筈である。


 八隻…………八百人弱、だと……?


 こちとら武将ちゃうぞ。


 やはり全員を相手取るよりか、チマチマと船の機関部を削った方が良さそうだ。


 魔力の問題もある。


 いずれは護衛船の異変にも気付かれるのだろうが……それが八隻ともとなると、調べるのにも時間が掛かる筈だ。


 巨船含めて残りの護衛船七隻にも航行不能になって貰おう。


 港に連絡を入れたと言っていたが、しかしここから連絡船を往復するのなら……それこそ半日程の時間が必要だ。


 何らかの通信手段があるとしても、他の船が来るまで六時間……。


 それまでに機関部を壊してズラかってしまおう。


 誰もが真面目じゃないのか、ノホホンと見張りをしている隣りの護衛船の見張りの顔を振り切って、中の扉を警戒しているフランに振り返る。


「それじゃあ、行きましょうか?」


 そんでサクッと帰って来ましょう。


 また面倒な相手とかと出食わす前に。


「いいい行くのね! ま、任せて! わた、私の魔法で……!」


 うん、ちょっと行くの待とうか?


 肩に力が入り過ぎている箱入りに、これからの作戦を説明する。


「お嬢様、落ち着いてください。ここからは見つからないことに注力しますので、荒事は程々にしておきましょう」


「……」


 凄い『どの口が……』みたいな目で見られたよ。


 いや、ほら? わざわざ見張りの着ていた制服に着替えたから……見つからないような努力はしようかな、って……。


 さすがに『部屋待機』が出てるのに、外を彷徨いてたら止められるのは仕方ないわけで……そこで魔法説得を行うのも自明の理ってやつで……。


 護衛船に居た兵士が乗ってくるタイミングだったからか鉢合わずに済んでたけど、ここからは後を追うようなものなのでそうもいかない。


 バレないように壊して回らなければいけないのだ。


 途中で気付かれてしまえば、それこそ作戦が潰えてしまう。


 穏便に行きましょう、穏便に……ね?


 だから小生の頬をグリグリする杖はしまって頂いてもいいのですが?


 俺の頬に穴を空けんとばかりに杖をドリるフランが、呆れたような口調で話し掛けてくる。


「あのねえ? 荒っぽいことなんて私だってしたくないわよ! でも見つからないって無理があるでしょお?! この船の中なんて、廊下一つとっても向こうから見える長い作りなんだし……。あんたのその変装だって、見分けられる可能性だってあるのよ?」


「あ、その点はご心配なく」


 むしろ当初の計画では、護衛船ってもっと密集しているもんだと思ってたぐらいだから。


 視界を遮るための魔法なら心当たりがある。


 練りに練ったが無駄に終わっていた膨大な魔力を、ちょうどいいとばかりに敵の視界を防ぐための魔法へと注ぎ込む。


 俺は唱えた。


「『フォグ』」


 しっかりと消費された魔力が、魔法に対する手応えをくれる――


 こちらは大したイメージもないのに、俺の命令に沿った魔法がキリキリと発現させられた。


 濃密な――――中腰で顔を突き付け合っているというのにフランを見失ってしまいそうな程の霧が辺りを包む。


 フランの驚いた表情もそこそこに、開かれたままの橋側の扉から外を確認すると……護衛船どころか辺り一面が白一色に染まっていた。


 …………規模で言えばこの魔法が一番かもしれないなぁ。


 遮蔽物の多い森や、密室染みたダンジョンの最深部なんかでも使ったことがあるのだが……効果範囲を一望出来る所で使ったからか、その威力に再度驚愕である。


 それは目の前にいる魔法使いにもそうであったらしく、再び顔を突き合わせたフランは驚愕の表情を貼り付けたまま言葉も無かった。


 カッコつけて「『霧』(キリッ)」なんて言ったもんだから、これが誰の使った魔法なのかバレバレのようだ。


 ……いや、だって霧を発生させるなんてさ……どう考えても『水』の魔法だから……。


 チャノス(偽名)としては間違ってないかなぁ……って、思ったんだよ。


 こんなことなら彼の軍師よろしく「そろそろ霧が出てきます……」とか適当なこと言って煙に巻けば良かったかなあ?


 霧だけに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る