第547話


 護衛船は全部で八隻。


 旗艦を合わせて全部で九隻の船が近海に浮いている。


 呑気に査察なんかやっているせいでプカプカと立ち往生してしまっているが、水棲の魔物の襲撃自体は少ないらしく今のところ平和である。


 どうやら近くに危険な生物はいないようだ。


 俺以外。


 敵国の兵士なんて危険以外の何物でもないので……これは仕方のないことだと思う。


 碌な身元調査もしていないのに他国の人間を密航させようという密航屋が悪いよ。


 近々責任を追求されて潰れてしまうかもしれないな……。


 ああ、それなら別にいいか? 街が少し綺麗になるってだけだもの。


 見張りも兼ねているのか等間隔に接舷された護衛船は……元々乗っていた巨船が大き過ぎて隣り合う船が互いによく見えない。


 視力が良かったら僅かに人影がウゴウゴするのが分かるぐらいだろうか?


 だからこそ乗っ取り易かったというのもあるのだが……そもそも警笛を鳴らすための兵士が常に操舵室に居たことを考えると、警戒が緩かったとは言いづらい。


 規格外の脳筋……それが彼等の敗因だ。


 …………なんかごめんな?


「そ、そいつらどうするのよ?」


 蓑虫と化した元見張りを甲板まで引っ張って来たことで、何を勘違いしているのか怯えたような色を瞳に宿すフランに、違う違うとばかりに首を横に振って答えた。


「いや……これから逃げ出す船に置いとくのも荷物になりそうなので……」


「う、ううう海に落とすの……?」


 死んでまうがな。


 このお嬢様、俺を何だと思ってるんだろう?


「返してあげるんですよ……」


 ほら、忘れものだぞ? ってね。


「…………海に?」


 あれ? なんか残酷な悪役みたいな台詞になってしまったぞ? 不思議。


「違います違います、巨船にですよ。あの橋の向こう側に置いといたら――」


「直ぐに見つかって騒ぎになると思うんだけど?」


 ……まあね。


 でも見つかるのは時間の問題だと思うんだ。


 乗っ取り自体は上手くいったけど、定期報告や何らかの偶然……それこそ俺達のように直上から見つけられる奴がいるかもしれないし。


 そんな存在に心当たりもある。


 だからこそ速度優先で計画を進める必要があった。


 となると……船を奪取した今、グズグズすることなく、とっととズラかるのが今後のためなのだが……。


 それじゃあフランの懸念する通り、見つかって直ぐさま追い掛けられてしまうのがオチだろう。


 だからこそ、次なる計画を実行に移している。


 ズバリ――――相手の足を奪う。


 強化された視力ですら、三百六十度が海で……他に船も島も無い状況なのだ。


 ここで文字通り独走を許して貰えば、こちらの情報を得るのは困難になることだろう。


 独走……つまり相手の足が無いなら勝つるね?


 幸いにして機関部を壊すことについては実績のある私……。


 巨船含め、残りの護衛船も合わせてパパッとやるために……見張りが着ていた制服を着用して連絡橋を渡っている。


 ……それに何故か心配した表情で残るように告げたフランが付いて来ている状況だ。


「いや、お嬢様が付いてきてどうするんですか? お嬢様は俺が失敗したら直ぐに逃げ出せるように船で待機しててくださいよ」


「あのね? その失敗した時に船を先に出したら、あんたは置いてかれることになるのよ? どうやって追い付くつもりなのよ」


 どう、って……。


「海の上を走って」


「冗談は言っていい時と悪い時があるわ」


 ……嘘じゃないのに。


 ショボンとしながら身を屈めつつ橋を渡り切る――直前。


 会話なんかしていたせいなのか、連絡橋の繫がる扉の向こうにいた兵士が、扉を開けて顔を覗かせてきた。


 だから拳をめり込ませて『危ないッ!』と忠告してあげた。


 運転中の乗り物から顔を出すなんて……元居た世界じゃ考えられないよ?


 やはり異世界だけあって常識が違うようだ。


 倒れ伏す制服姿の兵士を蹴っ飛ばして船の中に入れ、素早く中を確認する。


 部屋……というには物が無く、随分と狭い空間である。


 恐らくだが水圧調整室ではないが、外に出れるようになっている通路があるため設置された空間なのだろう。


 好都合だ。


 適当なロッカーっぽい所に突っ込もうと思っていた見張り共をポイポイと床に放り捨てて、未だ連絡橋で身を伏せているフランに『入ってこい』と促す。


 その後、素早く身を翻すと奥の扉へと耳を付けて他に人がいないかの確認をする。


 ……どうやら他に人はいないようだ。


「クックックッ、バカめ……査察なんて余計なことはするくせに足元はお留守か? 今後のためを思って俺が教訓を与えてやろう……!」


「ねえ、あんた国の上層部になんか恨みでもあるの?」


 杖を片手に、緊張を維持しつつも呆れ顔のフランが入ってきた。


 大人になるとねぇ……政治とか会社とかに文句が出るもんなんだよ。


 …………決してここで発散してやろうとかではなくね?


 ただ大義名分があるってだけで鬼の首を取ったように狂騒するのが庶民なんだ。


 だから一般人代表を自負する自分としては仕方なく…………仕方なく!


 この船を沈めようと思う。


 言い過ぎた。


 ――――この船とはここでオサラバしようと思う、が正解だな。


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