第546話


 船を乗っ取るという――至極真っ当かつ在り来たりでありふれた名案に何故か反対するフランを宥めすかせて策を決行した。


 やっぱり育ちが良いからか乱暴な手段に抵抗があるんだろうなぁ。


 やれやれ。


 敵は体制側なんだよ? むしろハイジャックなんて正攻法じゃないか。


 は、コンテナ船ほど広くないのか、ちょっとリッチなクルーザー程度の大きさだった。


 内部もそれほど広くはない。


 むしろ生活感故にか狭くすら感じられる。


 やれ着替えだの食事の食べ残しだのが広げられたテーブルに、装備が置かれた倉庫。


 甲板に設置された魔法砲の近くには、飲み残しが入った水筒なんかもあったし。


 しっかりと船に残っていた見張りを瞬く間に昏倒させて――――無事ハイジャックに成功している。


 よく分からない計器類が並ぶ操舵室で、見張りを何処からともなく湧いてくる蔓で縛り上げていたところだ。


「こっ、こんなこと……本当にやっていいのかしら?」


 いいわけない。


 でも必要だから……仕方ないことだから!


 ノリノリなのは仕事への意欲のためであって、私心ではない。


 さすがに正規軍相手に喧嘩を売るのには腰が引けているのか、オドオドとした様子のフランが操舵室に入ってくる。


 まだ決心がつかないの? しょうがないなあ。


 未だに二の足を踏む箱入りに、我が国の言葉を進呈しよう。


「お嬢様、私の国の古い言葉にはこうあります。『勝てば官軍勝てば良かろうなのだ』と」


「……思考が犯罪者のそれなんだけど?」


 え、そうなん? これ犯罪者的な思考なん? こんなに品行方正な納税者パンピーなのに?


 もしかしたらヲタクってのが罪なのかもしれない……。


 戒厳令が出ていたからか、部屋を出て甲板に行くまでは実に楽だった。


 兵士を三人ばかりすだけ済んだから。


 この船の大きさを考えればとっても省エネだろう。


 念の為、フランの姿を見られないようにしながら甲板まで移動すると……接舷している護衛船を一望出来たので、適当な船を選んで乗り込むことにした。


 ジャンプで。


 まさか真上から降りて来られるとは思っても見なかっただろうなあ……。


 それでも責任を負わせられる彼等を思うと申し訳ない気持ちでいっぱいである。


 俺だったらそんな職場は即日辞職するまであるけど……ああ、なんだ、じゃあ良かったじゃん。


 真面目にもコンテナ船へと繫がる梯子や海の中を警戒していた見張りを直上から音もなく気絶させることに成功した俺は、殊勝にも警笛を鳴らそうとした兵士も危なげなく木魔法で拘束、無事操舵室も確保した。


 久しぶりに木魔法使ったけど……発動して良かったなあ……ほんと、油断すると期待を裏切ってくるからね、俺の魔法って。


 「目撃者には死を!」と言いながら手加減したパンチで拘束した兵士も気絶させると、ついでとばかりに消えない蔓で全員を縛り上げることにしたのだ。


 見る者がいなくなったということで、フランが『荷物です』とばかりに自分に巻かれたシーツを振り払って操舵室に入ってきたところだった。


「こっちの船を乗っ取るなら、『護衛船を乗っ取る』って最初にいいなさいよ。勘違いしちゃったじゃない」


「ええ……? もしかして、あの規模の船を二人で乗っ取るつもりだったんですか? お嬢様、それは些か常識に欠けるでしょう……」


「あんたが常識云々とか言わないでよ?!」


 やれやれ、全く……これだから箱入りは夢見がちで困る。


 さてと……。


「問題はこれをどう動かすかなんですが……」


 はて?


 さすがにパーズの教えてくれた操船方法ではダメなのか……操舵の周りに並ぶ計器やボタンには全く見覚えがない。


 ま、魔石を入れる所は何処かな……かな? か、櫂は? 櫓は? 帆が無いなんて……それでも帆船なのか?!


 もしかしてだけど…………小舟とは、そもそもからして操船方法が違うのかも?


 ……なんて罠なんだ! 狡猾過ぎる?!


 赤く塗られたボタンを前に『押すべきか押さぬべきか』と悩む俺に対して、フランが呆気に取られたように言う。


「……まさか船の動かし方を知らないなんて言わないでしょうね?」


「おっと、お忘れですか? 俺は鯨の胃の中に小舟で飛び込んだ男ですよ?」


「小舟と魔導船じゃ、そもそもからして違うでしょう? ……あんた、まさか……」


 ……どうする? この案、取り止める?


 どうせ運転出来ないのなら押してみようか? と震える指をゆっくりと前に押し出していたら、眉間に皺を寄せたご令嬢に叩き落とされた。


「やめなさい。……ハァ、もういいわよ、私が運転するから」


「ええ?! 沈む……」


「沈むわけないでしょ?! あんた、私が何処の家の娘か忘れたわけ?」


「えげつないお姉さまが乗っ取り掛けてる貴族家ですよね?」


「ぐっ……! そうよ! でも海軍じゃ重要なポストを代々務めている家でもあるのよ! 馬の乗り方よりも早く船の動かし方を教えるぐらいのね! ちなみにあんたがさっきから押そうとしてるボタン! 音声外部出力装置スピーカーなんだけど?! なんなのよ?! 破滅願望でもあるわけ?!」


 二重三重に張られた罠……ということか。


 帝国……侮れない国だ。


 パチパチと手慣れた感じで計器を弄るフランは、言葉通り船の操舵を任せるに足る安心感を醸し出していた。


「……うん。大丈夫そうね。燃料も充分にあるわ。……一先ずはだけど。どうするの? 直ぐに出るのかしら? 十中八九、見つかって追い付かれると思うけど?」


 既に信頼の消えた熱い瞳で俺を見つめてくるお嬢様に、大丈夫だとばかりの笑みを浮かべた。


「ご安心ください、お嬢様。私の策はここからが本領ですので」


「大丈夫よ。既に安心なんて無いことが分かったから。……もう、どうにでもなれだわ!」


 そんなこと言わずに……ねえ?


 ちょっと涙目のフランが、不謹慎にも高慢な姿よりも可愛いと思ってしまった俺は歪んでるのだろうか?


 そりゃもう婚約破棄令嬢なんて不憫で可哀想カワイイ程に良いもんだからね。


 やっぱりヲタクってのは罪で間違いない。


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