第545話


「船の推進装置が故障した」


 それは知ってる。


 さっきも聞いた話に俺とフランが頷く。


「それがどうも人為的に壊されてる可能性があるらしくてな……。査察が入るかもしれん。護衛船の奴らが乗ってくるぞ」


 それは知らない。


 初出の情報に驚いた表情を見合わせる密航者同士であったが……直ぐに片方が何かに気付いたらしく怪訝な表情に変わると呟いた。


「……人為的に?」


 ドキぃーー!


 お嬢様ってばもう……直ぐに異性をドキドキさせるんだから! イケナイ人!


 これが年若くして結婚を決めた女性が持ち得る魅力というやつなのだろうか……だとしたら世の男性に抵抗する術はないんじゃないか?


 アニマノイズとの戦闘を見ていただけに俺の実力を十二分に知っているお嬢様は、能面のように変化させた表情で冷たい視線を刺してくる。


 コロコロと表情の変わる女性ってのが魅力的だというのは本当だったようだ……とても直視していられない。


 ゆっくりと視線を泳がせる俺に、情け容赦の無いお貴族様が、その手に持った杖で頬を蹂躪してくる。


 ひはひひはひ、はっへはっへ。


「氣属性ならこの距離でも魔法が避けられるのかしら? 試してみようかしら?」


 なんて危険な実験なんだ?!


 やはりこいつも貴族ということなのか……? 所詮は血も涙もない体制側の存在――ごめんなさい、私がやりました。


 頬をグリグリしながら詠唱を止めつ進めつするお嬢様に、密航屋の野郎も原因に気付いたらしく顔を顰める。


「……いや、でもとても個人が起こせるような故障じゃなくてだな? 疑われてるのは組織としての関与なんだが……」


 スケールに合ったイヤに重いシャッターだったからなぁ……。


 あの時……少しでも心の中のジト目さんの忠告を聞いていれば……! ちくしょう……!


 いやジト目何も言ってなかったな、そういえば。


「とにかくマズい。俺達の密航は一般区画故の緩さと賄賂で成り立ってんだ。護衛している船は海軍所属だ。その海軍に属する兵士が査察に入るってんなら誤魔化しようがない。だから一先ずあんたらを隠す。最初に――」


「いや、いいよ」


 慌てているのか早口で喋る密航屋を遮って『結構』とばかりに手を上げた。


 沈黙も束の間、我らが依頼主様が猛る。


「いいわけないでしょ?! 何言ってんのよ、あんた! あんた何言ってんのよおおおおお?!」


「落ち着いてフラン。クレバーに行こう。まだ慌てる時間じゃない」


「これ以上ないぐらいに追い詰められてるわよ!」


 うん、そうだね。


 主に俺が原因でね。


 俺の襟元を掴んで、ガクガクと揺すりたかったのか……抵抗したからか己で揺れるだけとなったフランを落ち着くように促した。


「そもそもの目的は追っ手を撒くことと、あの港から出ることだったじゃないですか? だったら半分以上は目的を達成してますって」


 だから半額にまけてくれないかな、っていう……そういうサービスを期待した発言でもあった。


 チラリと盗み見た密航屋は――なんかイラついてるのか露骨な舌打ちをしていたが……。


 やだ怖い、これだからアングラな人種って駄目なのよ。


「あとの半分は?! っていうかこのままだと達成したって言う半分も無駄じゃないの! さっき立てた予定だってこなせないわ! どうするのよ?!」


 もっと怖いお貴族様が猛り狂っておられる。


 初対面のお澄まし顔も斯くや、今じゃ歳相応の混乱具合を見せているフランに親近感も一入だ。


 堪忍袋の緒が切れたのか、それともフランに触発されたのか密航屋の男も声を荒げる。


「おい! ふざけんのもそれぐらいにしとけ! 密航を成功させたいのなら、こちらの言う通りに動け!」


「いや、マジでいいよ。ここまででいい。


 吠え猛る男へ――真剣な表情にすら込めて返事を返した。


 俺の威圧が効いたのかどうかは分からないが、刹那で重くなった空気に密航屋の男とフランの言葉が消える。


 特に和ませる必要もないと威圧感もそのままに続けた。


「……そもそも俺はお前らを信頼してないよ。出来るならしとくか程度のもんだ。俺達をイーストルードに運ぶまではやってくれんだろうさ。そこは仕事だ、疑ってない。客商売だからな、は大事だろう。だけどな……? お前らのボスの話じゃ、ってのが密航屋なんだろ? だから例えば――――俺達を送った場所をリークする、とかもあるんじゃないか?」


 ピクリと動いた密航屋の男の表情筋に我が意を得たりと頷く。


「執政を行っている側が、不法な入出を見逃してるってんなら……そこには絶対に見返りがある。具体的には逃げ隠れしてる奴らの所在を知っておくとかな」


 報告する義務があるんじゃないか? 裏で糸を引いてる奴飼い主様にさ。


 それがフランの姉や叔父様とやらではないにしても……少なくとも姉陣営っぽくはある。


 港を封鎖していた状況からしても、あの港の領主だか代官だかは姉側だろう。


 無法者という立場とプライドを刺激して仕事を受けさせたけど、こちらとしては向こうに着く前に適当に姿を晦ませるつもりだったから。


 それが少し早くなっただけだ。


「チッ……!」


「え? え?」


 舌打ちして部屋を出て行く密航屋の男を、訳が分からないと見送るお嬢様。


 そこには少しばかり頼りに思っていただろう心情が透けている。


 ここぞとばかりに不敵な笑みを浮かべて、フランの心配を軽減させんと一案を出す。


「ご安心ください、お嬢様。――我に策あり、です」


 人差し指で自らの頭をツンツンと差しながら自信ありげに言うと、フランも僅かばかりの安堵を見せた。


「そ、そうよね……じゃなきゃあんなこと言わないわよね」


「ええ、任せてください。自信があります」


「そうね、任せることにするわ。……それで? 今からどうしたらいいの? 私は何をしたらいい?」


 『自分にも出来ることを』と、表情を引き締めるフランに向けて言い放つ。


「まず船を乗っ取ります」


「あ、わかった。あんたバカでしょ? 間違いないわ」


 デジャヴデジャヴ?


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