第544話
「今開けるんで……」
恐る恐る鍵を外して扉を開いた。
扉の向こうに居たのは軽装備の兵士っぽい奴だった。
素早く視線を走らせたところ……どうやら帯剣だけはしているようだが、
というか、見るからに面倒臭そうに顔を顰めている。
凄いや、扉越しに聞いた声と第一印象が完璧に一致するなんて……。
やる気の無さそうなコンビニ店員でもまだ取り繕うだろ? という表情の制服野郎が、こちらの姿を確認したことで話し始めた。
「あー……船の推進装置にトラブルが起きた。予備で進めることも出来るんだが、まだ港が近いこともあって投錨している。まだどうなるかは分からんが心配するな。騒がず大人しくしていろ。分かったな?」
「あ……はい」
なるほどなるほど……推進装置にねえ?
――――めっちゃ心当たりあるな?
むしろ心当たりしかないまであるな。
一息に捲し立てて『もう用はない』とばかりに隣りの部屋をノックし始める兵士っぽい奴。
どうやら一部屋ずつ言って回るように命令を受けているらしい。
本来の仕事でないことは、その勤務態度と口調からして分かった。
……客を落ち着かせるように言われてるんではなかろうか?
むしろ半分ぐらいは威圧している感じだが。
長々と観察して注意を引かないように、なるべく自然な雰囲気で扉を閉めた。
さて……。
「――止まってるってことよね?」
『それはマズい』とばかりに難しい表情になったフランが言ってきた。
そりゃあね? 安心して追手から距離を取っているところだったのに……いきなり「逃げ場のない籠になりました」なんて言われたら、そういう顔にもなるよね。
やべえ、やらかした。
「大丈夫です、お嬢様。万事問題ありません。全て私にお任せください」
元々が俺の責任だからね。
「な、なによ急に……。まあでも、そうね…………た、頼りにしないこともないわね! 働き次第ではだけど!」
やめて。
そんな健気な感じ出さないで……罪悪感凄いやん。
思い出したかのように高慢に振る舞うフランに、胸がチクチクと痛む。
…………そうやん、なんで自分を乗せて進む船の機関部壊しとんねん……なんやねん、「壊しちゃお」ってなんやねん。
……いや待てよ? 酸素が足りない状況が俺に短絡的な行動を取らせたとも考えられる。
つまり…………船の設備が悪いのでは?
「恐らくは整備不良なのでしょうが……困ったものですね?」
「まあ、そんなところかしら。滅多にあるものじゃないんだけど……本当、運が悪いわ」
この話は危険だ。
「ところでお嬢様? せっかくの機会なので、この後の予定を立てておかれませんか?」
「……そうね、イーストルードも近くなってることだし……。いいわ、予定を立てましょう」
前向きな意見にやる気が湧いたのか、いそいそとベッドから立ち上がりテーブルへと移動するお嬢様。
筆記用具と紙を引っ張り出して机に向かう姿は、まんま受験シーズンの中学生だ。
家庭教師よろしく、その斜め後ろをやらかし先生が陣取る。
「まずはイーストルードに向かうでしょ? そこで協力を仰ごうと思ってるの」
「誰にですか?」
「叔父様よ」
やめとけ。
しかし残念ながら俺の心の声は届かず、箇条書きにされる『今後の予定』に『叔父様からの協力』が入ってしまった。
ペンを走らせるフランが得意気に宣う。
「いくら親類でも、本来なら他家の後継者争いに口を突っ込むことなんて出来ないわ。でもその手段が無法だというのなら、親類縁者が介入して治めることがあるの。イーストルードは叔父様の所領だから、そこで連絡を取って協力を取り付けましょう」
「既に相手方に懐柔されている可能性もあるのでは?」
「無いわね。叔父様は……端的に言ってしまうとお姉さまを苦手としていたもの。それに見た目からはそうと見えないけど、意外と正義の人だから。今回の手段が手段だけに私に味方してくれると思うわ」
密航屋を黙認する正義の人……ねえ。
一度貴族の言う正義ってのをちゃんと聞きたいところではある。
……機会があればでいいけどね? うん……機会があれば……。
ツッコミ待ちだと思われるフランを無表情でスルーしていると、問題無しと判断したのか次の項目を書き始めた。
「それで叔父様の方からお父様への面会を申し入れて貰うの。お姉さまが代理に立ってるとはいえ、現当主はお父様なんだもの。当主同士でしか話せない話とか何とか言えば……お姉さまだって無視は出来ない筈でしょ? 少なくとも寝姿だけでも確認させてくれる筈……。そこでお父様の身柄を確保するわ。どう? 完璧でしょ!」
「そうですねぇ……」
その叔父様とやらに連絡を取る手段とか、イーストルードに無事入り込める方法とかを具体的に書いて欲しかったんだけど……。
でもまあ第三者から圧力を掛けて貰うのは悪くない手だと思う。
そこに思い当たる辺り、フランもちゃんとした貴族をしている。
元より出たとこ勝負なのだ。
「じゃあ、それで――」
頷いて早々に扉の鍵が回った。
突然のことに俺もフランも様子を伺うべく扉を注視した。
ガチャッと開けられた扉からは、素早く身を滑り込ませる密航屋が――
割と強引な手段に嫌な予感が募る。
能書きは要らぬとばかりに後ろ手に扉を閉めた密航屋が口を開く。
「マズいことになった」
「これ以上?」とは言わないでおくよ……。
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