第540話 *第三者視点


「……ようやく分かりました。姫殿下のお考えが」


「そうかの? 妾はまだ何も言うておらぬぞ?」


「直ぐに発ちます。……ターナー、そしてテッド。まだもう少し話していたいのだけれど……どうやら状況が許してくれそうにありません。また時間を設けますので、楽しい語らいは次の機会に――」


「待って」


「止めんなよターナー。リーゼンロッテ様の意志覚悟だ。止めていいもんじゃないぞ」


「……ありがとうございます、テッド。……しかし軍が維持されているということは……」


「分かってます。戦場で遭いましょう」


「待って」


「うむ、リーゼちゃんも待つがいい。どうやらターナーの言いたいことはそうではないようじゃぞ? ……何処へ行ったのかの?」


「『分からない』」


 互いに魔力を瞳に宿したまま、ヴィアトリーチェとターナーが部屋を見渡す。


 その様子に訝しげな表情のテッドが率直に呟いた。


「何を……あれ?」


 しかし直ぐに気付けた。


 というのも、一目瞭然だからだろう。


 忽然と姿を消した妹の存在を思い出して、テッドが慌てて名前を呼ぶ。


「テ、テト? おい、テトラ! ……うわ、あいつ何処行った? ト、トイレか?」


 これにはリーゼンロッテも驚きに目をパチクリさせている。


 確かに居た。


 リーゼンロッテが遺跡の地下での出来事を話している時も、ヴィアトリーチェが乱入してきて戦争になると告げた時も。


 ――――今の今まで居た筈である。


 ヴィアトリーチェが扉の前に控えさせていた王族守護兵の二人に視線を送る。


 しかし目で確認を取られた二人にしても、まるで気付けなかった故に動揺が見られた。


 テトラの『消失』とでも言うべき失踪は……すらも見逃されていた。


 まるで消えたことすら意識に残らなかったような脱出劇である。


 即座に『その方法』に思い当たったのは一人だ。


 いつにないジト目ぶりを発揮するテトラの幼馴染が、もはや意味がないとばかりに瞳の紫光を消す。


「……たぶん、お見舞い」


「む。そういえば主ら、倒れた仲間のお見舞いに来たそうじゃの? てっきり体のいい言い訳かとも思うたが……」


「ええ?! 一人でアンを探しに行ったのか?」


 会話の中身に思い至ったテッドが叫ぶように幼馴染へと聞き返す。


 ターナーが頷く。


「……たぶん」


 次いで動揺するリーゼンロッテが声を上げる。


「ど、どうやってでしょう? この部屋の出入口は、あそこにしかありませんが……」


 話しながら首を振った先には、そればかりは見逃す筈がないと自信を表情に宿したシュトレーゼンと、あまりの違和感に顔を顰めるボーマンがいた。


 ターナーは悩んでいた。


 出来ることならレンの生存を知られることなく、レンを探したかったからだ。


 それがレンの、ひいては自分の願いを叶えることに繫がるから――


 そのためには、ヴィアトリーチェの相手をするべきではないと結論が出ている。


 それだけ『同じ能力』というのは厄介な存在であった。


 ターナーが『識って』いて、ヴィアトリーチェが『識らない』情報は三つである。


 精霊の存在情報源、レンの生存、村の秘密。


 出来れば一つとして晒すことなく、現状の把握とレンを探すために必要な要請を行いたかった。


 テトラの行動をターナーは『予想』していた。


 本来なら……リーゼンロッテと話をつけている間に、長話に飽きたテトラがアンを探しに行く――という予想だった。


 そこにヴィアトリーチェが挟んできただけのこと。


 こういった……知り得ぬ情報からの予想外横槍を、ターナーは幾度となく経験している。


 そしてそれは――唯の一度も、大勢に影響することはなかった。


 残念ながら予想を覆すには『外』からではなく『中』からの変革が必要なのだと、ターナーは既に学んでいる。


 今も大勢に影響はない。


 『現状を知る』事と『アンを見つける』事、この二点に変化はないからだ。


 伝えられる相手がリーゼンロッテからヴィアトリーチェに変わっただけである。


 しかし……ターナーは『同類』相手のやりにくさに驚いていた。


 渡したくないと思っていた情報を、あっさりと得られる場にいるのだから。


 恐らくは『自分』を行動に組み込むことで情報を得ているのだろう。


 それか『識る』ための行動は、互いに阻害出来ない予想に組み込めないようになっているのだろうか?


 ここに来て、初めて『識った』情報に、ターナーは悩む。


 しかし未だ紫の光宿す姫君が、ターナーを急かす。


「……うむ。そうじゃの。妾も知りたく思う」


 リーゼンロッテとヴィアトリーチェに見つめられるターナーの脳裏には……ことごとく予想を覆す人物の顔が浮かび上がっていた。


 緊迫した場面なのに……いつも軽口を叩いては巫山戯倒す幼馴染の顔だ。


 苦労を背負い込んでは――――何故か女の知り合いが増えるという、巫山戯た奴の顔だ。


 ターナーのコメカミに青筋が浮かぶ。


 テッドは思わず腰を上げる逃げる体勢を取った


 期待に背を押されるがままに、ターナーは口を開いた――――幼馴染の言いようを思い出しながら。


「……わたしに、分かるわけがない」


 どっかのどいつを見習って、ターナーは投げた。


 ――――無論、悪い意味で。


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