第539話 *第三者視点


 テッドはリーゼンロッテからの話を納得する思いで聞いていた。


 救出隊として共に遺跡に潜ったからこその反応だろう。


 ダンジョンも斯くやとばかりの不可思議な罠、想像を遥かに越える強敵、深く潜る程に増していく不安と焦り。


 そのどれもに共感があった。


 しかし――――リーゼンロッテが話す『私の責任』とやらには頷けなかった。


「それは違うな、リーゼンロッテ様」


 気が付くと、緊張も何処かへ行ってしまったかのように口を開いていた。


 驚きに口を閉ざすリーゼンロッテの表情に、テッドとしては『そんな顔も出来るんだなぁ』と呑気な感想が頭を過ぎっていた。


 特に考えを纏めるようなこともなく……理由はスラスラと口を衝いた。


「俺もあいつも成人だ。兵士として登用された時点で覚悟があった。納得づくで此処にいるよ。リーゼンロッテ様が責任を取るようなことじゃない……少なくともリーゼンロッテ様が背負う『命』じゃない」


 想像の中のレンは『いや覚悟も納得も無いが?』と真顔で返答しているが、今は置いておこう。


 しかし口に出したことでテッドも首を傾げることになった。


 レンがお姫様を救うために全力を出していたことはテッドにも分かった。


 しかしそれは兵士の本分でもある大将を守る動きだ。


 おかしいことではない。


 今、何気なく口を衝いたが……レンにはレンの覚悟があった筈である。


 対して……自分はどうなのだろう?


 レンはレンの仕事をしたというのに、自分の職責を放り出してレンを救うために大峡谷に降りようとしたり遺跡を掘り返そうとしたりする……自分はどうなのだろう、と。


 テッドは思う。


 弟分の心配をするのは変なことじゃないよな? ……誰だって近しい人が危機に陥っていると分かれば、無事を確認したくなる――


 そう……冒険者になるために村を出た時、レンが自分達の心配していたように。


 しかしそれが……その心配がレンの覚悟を侮辱しているようにテッドは感じていた。


 何故ならレンは既に成人なのだ。


 どこでどのようにして死のうと、それがそいつの人生としか言えない。


 テッドは思う。


 やはり……自分はまだレンのことをのように考えているのだと。


 だから心配するのだと。


 つまり……――?


「うむ。旧交を温めることは出来たかの?」


 テッドの中で纏まり掛けていた考えが、予想にない人物の登場で散った。


 白銀の髪に紫色の瞳――リーゼンロッテとは違いドレスを纏った第四姫殿下が、供を連れて突如応接室へと現れた。


「ヴィアトリーチェ様……今は来客の対応中ですよ? いくら王家に籍を置くとはいえ……いえ、だからこそでしょう。礼節は重んじるべきです」


「なるほどのう……正論じゃな。しかし残念ながらあまり時間がない。礼を欠くことを承知で横やりをいれておる。許すがよい」


 ヴィアトリーチェがリーゼンロッテの隣りへ腰を降ろすと、供として付いて来たボーマンとシュトレーゼンが部屋付きのメイドに外へ出るようにと促した。


 扉を閉めると、その脇に守るように立ち塞がる二人。


 それは出ることも入ることも許されないと言外に言っていた。


 この所業に眉を顰めたリーゼンロッテは、視線でヴィアトリーチェへと問い掛けたが……彼女の視線はターナーに固定されていた。


 向かい合う二人の瞳に魔力の光が灯る。


「それに……話をするのは妾の方が先約であろう?」


「……初めまして。わたしはターナー」


「ああ、い。今更化かし合いを続ける気はない。。それで許すとしよう。遣り込められることに慣れてないのでな……少々驚いたがのう」


「……」


つまびらかにせよとは言わん。しかしリーゼちゃんから絡め落とそうとするのは感心せんのう……。頼み事があるのなら正面から妾を頼れば良かろう?」


「……畏れ多いです」


「なかなか面白いことを言う。……なるほど、まだと申すか……」


 ヴィアトリーチェの言葉にリーゼンロッテは頭を捻った。


 どう見ても人払いをしている。


 それは部屋の中だけじゃなく、恐らく部屋の外もそうだろう。


 更に忠義に厚い王族守護兵を門番に立て、残りはターナーの身内と友人だけである。


 これだけしても……まだ多い?


 しかしリーゼンロッテが疑問を唱える前にヴィアトリーチェが溜め息を吐き出して間を置いた。


 会話のペースは間違いなくこの二人によって握られている。


「互いに伏せた手札がある状態では先に出せぬか……。――――ではこちらから開示しよう」


「……間に合ってます」


「遠慮するでない。なれにも関係ないことではないからの」


 今度はターナーの方が溜め息を吐く。


 それはリーゼンロッテならともかく、王族を前にする態度には思えずシュトレーゼンが僅かに肩を揺らした。


 しかしその溜め息を『降参』と取ったヴィアトリーチェは気を良くして続ける。


「開戦となった。相手は帝国で、七剣の一つが落ちておる」


「……天檻関所」


「然様。砦自体はまだ落ちておらぬが……『芯』が折れておる。陥落は時間の問題じゃろう」


「……そのうえまでされたら最悪」


「全くじゃ。自分は焼かれんとばかりに火の粉を招き入れる……どうしてそう思うのか? 妾にも分からん」


「ま、待ってください?! し、七剣の……何が、なんですか?」


 小気味よく遣り取りをする両者にリーゼンロッテが待ったを掛けた。


 珍しく声を荒げている。


 否定して欲しいとばかりにヴィアトリーチェを見つめるリーゼンロッテに、彼女は真剣な表情で見返すと――告げた。


「聖炎剣の主、リアム・ドルン・エイブラハム殿が身罷られた。ここより南東……天檻関所が遠からず落ちる。早く手を打たねば国内に火が及ぼう」


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