第537話 *第三者視点
ディラン伯爵は増援の派兵を決めていた。
しかしそれは遺跡が土中に没したせいではなく、ましてや姫殿下の御身の安全を考えたわけでもない。
更に前――――
遺跡の探索が決まるよりも前に、伯爵は準備をしていた。
――――自領を守るための準備を。
戦争経験がある有能そうな兵士を拾い上げ、実戦での指揮能力が高い貴族の子弟を雇い入れ、いつ内乱が起ころうとも対応出来るように、それと知らせずに……しかし確実に力を蓄えていた。
元より寄親を持たない成り上がり貴族としての地位は、独立独歩を気性とするディラン家からするとやりやすく、また水面下で行動する分にも動きやすかった。
王冠を賞品に掲げた後継者レース。
ラグウォルク王国にあって、所謂『跡目争い』の気配を感じていない貴族はいなかっただろう。
三王子、四姫。
国王陛下の直系の血筋となると国に七人しかいない王子王女は、未だ次代の王となる者の指名がないことに気付いていた。
故に、それぞれがそれぞれの思惑に沿った行動を取っている。
王になろうと経験を積む者、そもそも後継者レースに興味のない者、高位の貴族に迎合する者、保身に走る者――――そして他の候補者を消そうと企む者。
三王子四姫の行動は国内外の貴族にも影響を及ぼし、次代の王の治世では優遇されんと貴族家はその旗幟を鮮明にしていた。
その中でもディラン伯爵家は『中立』の立場を誇示して動かず。
しかし何時『嵐』となってもいいようにと情報収集だけは怠らなかった。
それ故に――第一王子殿下が後継者レースで誰よりも先んじている、との情報も捉えていた。
近年になって増えた、黒衣を纏った者の起こす騒乱……。
他国の情勢の変化と、継承権を持つ他の王子王女に見られる焦り。
火種はそこかしこで燻っているように見えた。
幸いにして一番厄介な国に接する国境を『大峡谷』という天然の堀に守られ、背後を気にすることもないディラン領だったが……。
それでも戦火を被る可能性があるとしたら北西からはアゼンダ王国、そして――――南東からはセレスティア帝国になるだろう。
しかしそれはあくまで可能性の域の話である。
隣接する領地はディラン領ではない上に、それぞれテウセルスという砦と、他国からは『天獄』と恐れられる国内最大の砦――――『
険しい山地に囲まれた天然の要塞でもあるその砦は、大峡谷に阻まれた帝国との唯一の接地点でもあると言えた。
しかしラグウォルク王国が建国されて以来、攻め気に逸る帝国の侵略を一度として受けたことのない砦でもあった。
理由の一つが、その立地となっている。
北を大峡谷に、そして南を人が登るには不可能とも思える山々に囲まれた天檻関所は、真正面から攻めるには厳しく、また進行するための道が限定されている。
そのため大兵力での進軍が敵わず、守るに有利な地形は兵力の有利を覆し侵略を跳ね除けるに至っていた。
そして……こちらの理由の方が帝国としては厄介だろう。
ラグウォルク王国に存在する特記戦力。
数字が冠された武器を持つ一騎当千の剣士が、常にここを見張っていた。
聖炎剣を持つ七剣の一人である。
七剣はその全てを『聖剣』とし、ダンジョンなどから発掘される『魔剣』と区別されている。
そのため、呼び名は聖剣と属性を絡めたものが正式なものとされているのだが……この地にある聖炎剣には他の呼び名もあった。
『炎獄剣』
ここを他国より『天獄』と呼ばれる理由の一つになった通称である。
炎獄剣の使い手は代々がここの守りを引き受けるからこそ生まれた名前だろう。
七剣の中でも最古参となる炎獄剣の剣士は、それだけに国王陛下からの信任も厚く、天檻関所が落ちることはないとされていた。
――――しかしそれは同時に援軍を送りづらいという欠点もあった。
七剣に与えられている裁量に、何百年と砦を守り続けてきたという実績と
たとえ帝国の動向がキナ臭いとしても――――
これを憂えたのが第四姫殿下ことヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルクとディラン伯爵であった。
元々同じ派閥になかった二人は、今回の一件で手を組んだ。
遺跡の発見という彼等にとっては都合のいい偶然を利用して、天檻関所の北部へと軍を送り込むことにしたのだ。
国王陛下の勅命があるとなれば、天檻関所に詰める炎獄剣の主も嫌とは言えず。
予定ではヴィアトリーチェ姫殿下を囮に、更に軍を南下させる計略であった。
元より遺跡の探索などには力を入れておらず……むしろ軍を送り出せた後となっては裏で糸を引く者を釣り出せればと考えていたのも過去の話。
事態は彼等が思うより良く――――またそれ以上に速く進行していた。
第四姫殿下がウェギアの街に戻る前に、セレスティア帝国から天檻関所へと宣戦布告が為される。
同時に、暗殺が成されたという情報がディラン伯爵の元へ入る。
開戦を前に、炎獄剣が持ち主を無くしたという――――
ディラン伯爵は兼ねてより鍛え上げていた、己に代わる戦力をすかさず彼の地へと送った。
ダンジョンの踏破により召し上げることを可能とした冒険者クランである。
最下層の踏破により、初代の偉業を今再び示した実の息子を指揮官に添えた増援だ。
ダンジョンの深奥より持ち帰った魔剣を背に――――バーゼルは仲間と共にウェギアの街へと降り立った。
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