第536話 *第三者視点


 ターナーとテッドとテトラは応接室と思わしき場所へ通されていた。


 と思ってしまうのは、部屋の雰囲気や調度品が村にある村長宅の応接室とは随分と違うせいだろう。


 ガラス張りの窓は全面で、そこからテラスへと出ることが出来る。


 一望出来る景色は見られることを前提とした庭らしく、過度でない程度に植えられた花が美しく咲き誇っていた。


 と思われる調度品も、華美ではなく……しかし、さぞ名のある作品なのだろう威風を保っている。


 外からの光が差し込む応接室には調度品と雰囲気の調和が見られ、招かれた者に形容し難いプレッシャーを与えていた。


 一応は領主から任される者が住む屋敷だが、他の貴族を招くことも考えられた造りは、作られている。


 貴族社会に限らず、人間が作る社会には多かれ少なかれ『見栄』が存在する。


 ハッタリと言ってしまえばそれまでだが……芸術に通じているか否か、威圧感を与えられるか否かは、貴族社会において相手をかどうかというのは『場』作りから始まっている。


 辺境の成り上がり貴族であるディラン伯爵、最果ての街だろうとその辺りの抜かりはなかった。


 ――――しかしまさか村育ちの男女を威圧することになるとは、歴代の領主も思ってなかったに違いない。


 ターナーは計算され尽くした調度品の位置や、完成された雰囲気などに気を配っていなかったが……。


 テッドとテトラは自宅が村長宅という村の最高権力者の家だけあって、この場の凄さがよく分かっていた。


 テトラが機嫌良さそうに言う。


「きれいだねー?」


 テッドが口元を引くつかせながら応える。


「お、おう……。テトラ、あんまり動くなよ? 出来れば息も掛けるな」


「死んじゃう」


「違ぇよ。息をするなって言ってんじゃない、息を掛けるなって言ってんだ。テーブルとか、ソファーとか……この部屋の空気も出来るだけ減らさないようにしたほうがいいか? 吸わない……とかさ?」


「死んじゃう」


 チグハグでデコボコな三人組を歓待しているメイドは、吹き出しそうな心持ちを精神力で乗り越えていた。


 まさかの客である。


 本来なら使用回数は少なかろうと貴族を相手にするためにと整えた場に、成人もそこそこといった垢抜けない子供が三人なのだ。


 笑うなという方が無理だろう。


 配膳をするメイドも勿論だが、入口近くに待機するメイドも、その視線はにこやかで――朗らかとも言える雰囲気に和んでいた。


 会話の内容も微笑ましい。


 しかしそれも対応するリーゼンロッテが部屋に来るまでだったが……。


 七剣の一、リーゼンロッテ・アンネ・クライン。


 さすがに領主や代官ではないが、下手するとそれ以上の権力者を前に、部屋の空気が一気に引き締まった。


 物憂げな……悲しみを瞳に称え寂しげに笑う美少女。


 リーゼンロッテが放つ磨き抜かれた美しさは、見る者の心を打つ刀剣のような魅力があった。


 その存在を『淡い』と表現するテトラのような美少女とはまた違った美しさだった。


 テトラの表情や声音、言動は未だ幼いところが見られるが……むしろその、同じ人間だと――肉体を得た血が通ったと感じられる所もあった。


 黙っていれば『……人なのか?』と疑問に残る妖精のような容姿や、消えてしまいそうな雰囲気も……口を開くことで年相応の少女に落ちる。


 いや、


 しかしそんな不安定さも魅力の内に含むテトラとは違い、リーゼンロッテのそれは完成された美があった。


 削り出し、真球を求めんとした水晶のような究極の美しさだ。


 メイドの応対に、開かれた扉から現れたリーゼンロッテに見惚れないのは――――室内に二人だけ。


 一番に声を掛けようと考えていたテッドは、迷宮内部でも遣り取りをしていたというのに……僅かな間を空けるだけで免疫が無くなったとばかりに、空気を求める鯉のように口をパクパクとさせていた。


「ありがとう」


 扉を開けたことへの礼だと分からず混乱するメイドは、詰めた息で呼吸も上手く行かずに、ぎこちなく頭を下げるだけ。


 壁際に待機するメイドも、失礼だと分かりつつも目が焼けんばかりの光を直視したように目を伏せさせる。


 リーゼンロッテは白い長袖のシャツと黒地でノースリーブのワンピースを重ね着していた。


 ヒールのある黒塗りの靴と、綺麗に纏められた髪を止めるバレッタ。


 いつかの格好とは違って、カジュアルでもラフな装いだ。


 変わらないのは腰に吊ったロングソード《聖剣》だけだろう。


 外出を考えられていない部屋着での対応――


 そこにリーゼンロッテのターナーに対する気安さがあった。


「リジィちゃん、かわいいー」


「……ありがとうございます」


 三人に対面するソファーに腰掛けて早々、テトラの正面からの感想にリーゼンロッテもたじろいだ。


 今から話す内容を考えると不思議な気分にさせる少女だった。


 気を取り直すとリーゼンロッテは言った。


「アンのお見舞いに来たそうですね? 経過は良好ですよ……もうそろそろ目覚めると思います。あとで部屋に案内させますので……――ターナー。その前に少し宜しいですか?」


「……大丈夫だから」


 瞳に決意を乗せたリーゼンロッテの視線を真正面から受け止めるターナー。


 その返事の確かさは、リーゼンロッテをして息を飲む程の覚悟が見られた。


 よく考えずとも……リーゼンロッテが意識を失っていた間、ターナーが何も知られずに居られたとは思えない。


 彼女は…………知っている。


 とはいえ、これはリーゼンロッテが自身に課した枷である。


 自らの責任の吐露を彼女は決めていた。


 これから話す内容を思うと、リーゼンロッテはターナーに頭が下がる想いだった。



 ――――――――ターナーがどう思っているのかは別として。


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