第533話 *テッド視点


 太陽が好きだった。


 天界からの光が差し込む穴だの、大きな光の魔晶石だの言われてだけど……。


 俺はあれが『火』の塊だと思ってた。


 誰もがあれから目を背ける。


 眩しいから、見てられないから。


 俺だって分かってる。


 ずっと見続けることが出来ないくらい。


 でも偶に見上げてもいいだろ? なんで皆毎日見ないんだろう?


 あんなに輝いているのに――――あんなに燃え上がってるのに。


 だから晴れの日に外で遊ぶのが好きだった。


 遮る物のない空を見上げれば、いつも太陽を感じれたから。



 ――――そいつは、気が付くといつも空を見ていた。











 世界が光の恩寵を浴びて輪郭を取り戻す。


 太陽からの光が山を縁取っていく。


 ゆっくりと昇っていく太陽に、知らず知らずの内に笑みを浮かべた。


 体から活力が漲る。


 夜明け前から太陽が昇る東側を……大峡谷がある方向を見ていた。


 何となくこっちにレンが居る気がして――――


 未だ動き出す気配の無いディラン領軍のキャンプ地で、太陽が昇るのを待っていた。


 『ひかり』を取り戻す世界で……ふと背後を振り返る。


 それがあいつの定位置だから。


 決して前に出てくる感じじゃなかったけど……後ろに引っ付いてるというよりか、後ろから眺めてるって感じだったよなぁ。


 思い出の中にあるレンの姿が霞のように浮かぶ。


 目が合えば適当なことを言う弟分の『仕方ない』とでも言っているような笑みが思い出された。


「……目を離すと直ぐに働くからな、あいつ」


 きっとグチグチ言いながらも人の面倒見てるか、余計な苦労背負い込んでるぞ?


 幻のレンが困っているような笑顔のまま消えた。


 薄闇の中に残るのは、朝焼けに照らされるウェギアの外壁と未だ維持されている軍のテントの群れだった。


 徐々に姿を現す太陽のねつを背に浴びていると、力が無限に湧き出すようだ。


 「勘違いだ」と断言した弟分に見せてやろう。


 やる気が満ちるままに足を踏み出した。


 ターナーとテトラのテントに向かう。


 村から徴兵された奴らのテントに囲まれるように――守られるようにのテントは張られている。


 一応の用心ってやつらしい。


 ……俺から見れば二人ともまだまだ子供だから『こいつらに手を出す奴なんているかぁ?』とは思うんだが、念には念ってやつだそうだ。


 正直に言ったらどうなるかぐらい流石に分かるから何も言わないけどな。


 妹達のテントの前で声を掛ける。


「ターナー! テトラ! 朝だ! 早速……」


 テントの入口を割って角材が飛び出してきた。


 ターナーお手製の妙に硬いやつだ。


 ぶん投げられたのか、グルグルと回転しながら飛び出してきたその角材は、俺の耳を掠めながら後ろにあったテントの一つに刺さった。


 マッシのくぐもった悲鳴が上がったような上がらなかったような……。


 ……よし! これでもう武器は無いな?


 再びターナーとテトラの眠るテントの入口に……今度は用心しながらも、そっと中を覗いてみた。


 目をゴシゴシとしながらも頭を揺らす妹と、毛布を抱きかかえるように前のめりに倒れる妹分が見えた。


「……にちゃ…………よう」


 頭をカクカクさせながらも目の合ったテトラが朝の挨拶をしてくる。


「おう、朝だぞ」


「…………ごは……」


「貰ってきてやってもいいけどな? 街の中で適当に食べようぜ。その方が早い」


 コクリと頷くテトラに頷き返した。


 ――――そのまま前に倒れてしまったが。


「……大丈夫かよ? アンの様子を見に行って、姫様に協力を煽ぐんだろ? もう朝だぜ、早く起きろよ」


 昨夜は「もう遅いから」という理由で、わざわざ朝を待ったのに……。


 あんまりのんびりしてられない状況だっていうのによ……うちの村の女どもは気長だなー。


「おーい、起きろよ。それで? どうするんだ? まずは姫様に会いに行くか? たぶん代官屋敷(勝手に呼んでる)に逗留してると思うが……」


 毛布の周りを手探りしていたターナーが、ようやく顔を上げた。


 普段からの能面さに、少しばかり機嫌が悪そうにも見える。


 やっぱりレンが帰ってこないからだろう。


 ……だから早く行動しようって言ってるのにさ?


「……いきなり行っても会えない」


「うん? 姫様にか? …………なんで?」


 そこでようやく目を合わせてくれたターナーだったが、なんとも冷たくて虚ろな視線をくれた。


 レン曰く『ゴミを見る目』ってやつだ。


 ターナーは基本こんなんだからあんまり気にならないけど。


「…………軍が解散されない」


 ターナーってなんかこういう遠回しな喋り方するよな?


 こういう時はちょっと考えなきゃいけない時だ。


 素直に「だから?」って返したら怒られるやつ。


 ……いや、怒る上に会話してくれなくなるんだよなあ……間にアンやケニアが入ってくれるとまた違うんだけど。


 え〜と? 軍が解散されない? ……言われてみるとなんでだ?


 遺跡探索も出来なくなったのに、いつまでも軍を残しておく必要はないよなぁ……。


 姫様の護衛って言うんなら、騎士団や正規軍がいるだろうし……俺達徴兵まで残しておく理由は確かに無さそうだった。


「……あ! やっぱり遺跡を掘り返すんじゃないか?」


「…………違う。何かが起こった。遺跡関連じゃない、別の何か。……まずはそれから確かめる」


 ターナーは力尽きたと言わんばかりにパタリと毛布に顔を埋め――今度はテトラの顔が持ち上がる。


 ……両方同時に起きろよ? なんだその遊び?


 しかし毛布に顔を埋めながらもターナーは説明を続けた。


「……そのために、最初はリジィに会う。昨日――」


「リーゼンロッテ様にか?!」


 毛布の隙間から「も〜……!」という声が聞こえたような聞こえなかったような……。


 思わず上げた声がデカくて聞き逃してしまった。


 ターナー、もう一回言ってくれよ。


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