第532話 *第三者視点
明るさの戻ったテント内で、テッドは珍しく頭を抱えていた。
眉間を抑え込むような姿は誰を模したものなのか……もしくは自然と出てしまったのか。
ある幼馴染の姿と酷似して見えたのも、育ちを同じとしてきたからだろう。
見開いた目の先で――――妹の肩に蟠るような闇を確認して呟く。
「…………せいれい?」
「……精霊」
「『クロちゃん』」
答えるターニャと妹の言葉に、もう一度だけ目元を揉み込む。
次いで見たのは妹の足元で丸くなっている仔猫だ。
テッドも知っている、テトラが拾ってきた仔猫……。
今は分かりやすく薄っすらと青白く光っていた。
テッドは訊く。
「………………せいれい?」
ターニャとテトラが答える。
「……精霊」
「『ミィー』」
彼は耐え難いダメージを受けた。
重傷だ。
なんせ幾度めかとなる問い掛けなのだから間違いないだろう。
早く認めてしまえば、そこまでの精神的ショックも無かったと思われるのだが……テッドにしては珍しく拘泥していた。
繰り返される返答にまるで変化がないことも原因の一つかもしれない。
しかしテッドばかりが責められたものでもない。
一般的に精霊と言えば、それだけで魔物や魔法使いを遥かに凌ぐ強大な存在として捉えられている。
超自然的な何かである。
まさに自然が意志を持つかの如く、魔法ですらその存在を脅かすに至らないとなれば人が忌避を抱くには充分な理由だろう。
人族が使う魔法よりも優れると言われている
テッドがドゥブル爺さんに師事してからというものの、口酸っぱく「精霊や森人には勝てん」と言われてきたことも関係しているのだろう。
想像の中で膨らむ、魔法使いすら超越した存在。
たとえテッドでなくとも、その姿にはやはり巨大な物や神聖な物を思い描いただろう。
それが……ちょっとした黒い霧のような不定形の存在や光る仔猫だと言われたのだから、納得しづらいのも仕方ない。
思わず何度も確認してしまったのだ。
というのも、テッドの中では――巨大な魔物に立ち向かう時分、『精霊』という特殊な存在から力を借りることもあるかもしれない――なんて在り来たりでご都合主義な考えもチラリと存在していたからだろう。
そう、それだけ精霊という存在は強大に思われている。
強大な……――
再びチラリと精霊を盗み見る。
それと思って見ないことには『ちょっと暗いかな?』としか思えない『闇』と、光る以外の特徴が見られない仔猫……。
――……存在?
彼の中の精霊像がガラガラと崩れていく。
これが同じ森に住む巨大な蛇との対面であったなら、テッドもまた違った反応を示したと思われた。
しかし残念ながら、片方は幼馴染が『シャミセン』とやらに拘っていた小動物でしかない。
そんなテッドだったが、
……本当にこれが
それは自身が磨き上げてきたと自負する魔法に関することだからこそ、超自然的な存在が近くにいると感じていた。
魔法同士をぶつけた相殺でもなく、威力を減じられているわけでもない。
己が魔法の『消失』――
これが師匠であるドゥブル爺さんの言葉と重なると思えたからだ。
精霊の力というのは特殊で、精霊魔法等と分類されているが……実際は魔晶石に近い力だろうというドゥブル爺さんの見解をテッドは聞いていた。
故に精霊魔法と対峙した場合、制御を離れる、魔力を注げない、魔法が消える、といった理不尽な現象に見舞われることもあると。
今まさに不可思議で理不尽な目にあったのだ。
これを精霊の仕業とせずに何としよう?
テッドは心の中で『見た目じゃない……見た目じゃない』と何度も呟いて己を納得させていた。
彼は何となく精霊を人の姿で現れるように捉えていたので落差があったのだろう。
折り合いをつけたテッドが口を開く。
「ふー…………よし。わかった。そいつらが精霊で、その精霊が言うには……レンがどっかに行っちまったってことだったな?」
「……そう」
「レイ、ピュンした」
「……それがイマイチ分からないんだよなあ? もっと人間に分かる言葉で説明……は無理か。精霊だもんなぁ……」
嘆いている兄には悪いが、それは妹独自の言い回しであった。
首を傾げつつもテッドが続ける。
「あと、なんで精霊がテトラの言うこと聞いてくれるんだよ?」
「お友達だから」
「ちょっと何言ってるか分かんねえ」
幼馴染の口癖のような言葉が自然と漏れた。
『その時がくれば自然と出てくる……』なんて御大層に言っていた友人の気持ちを、テッドは少しばかり理解した。
納得はしようもないが、僅かな期待が口を衝く。
「……俺とも友達になれないか? そしたら俺の言うことも――」
「クロちゃんは、兄ちゃん嫌いだって。ミィーは……笑わすな? って言ってる」
「……笑わせないで」
「なんでターナーにも言われんだよ?! おかしいだろ!」
実際にはクスリともしない幼馴染に、断わられた恥ずかしさを誤魔化すように叫んだテッドが頭を掻きながら続けた。
「まあ……わかった。レンがもうあの遺跡にいないことはな。でもじゃあ何処に行ったんだ? ……生きてはいるんだよな?」
「生きてるもん」
「……何処に行ったのかは分からない。でも探すから」
この言葉にはさしものテッドも楽観することは出来なかった。
なにせ行方不明になった方法も分からないのだから、探すにしても何処を探せばいいのか……。
不安げに表情を歪めるテッドにターナーが言う。
「……大丈夫。探すだけなら直ぐに見つかる」
「本当か?!」
「……そのためにはアンと――――第四姫殿下の協力が必要」
喜びも束の間、ターナーの言葉に『それは実現不可能なんじゃないか?』とはテッドをして言えなかった台詞である。
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