第531話 *第三者視点


 遺跡の探索に当たっていた全軍は、一度ウェギアの街へと引き返していた。


 遺跡内部が埋まってしまったという理由も勿論あるのだが、第二の入口としていた光の柱跡周りも魔物の間引きが済んでいるわけではなく、兵力のゴリ押しで何とかしているのが現状だったからだ。


 効率的で無駄の少ない魔物討伐のシフトというのは大隊長の指示有りきで事前に組まれていたもので、急遽キャンプ地ベースと定めた光の柱跡周りには、まだまだ魔物に対する不安が排除しきれていなかった。


 継いで繰り返される襲撃も、いつ襲われんとした森の中を『形勢悪し』と判断。


 上層部は満場一致で撤退を選んだ。


 それぞれに考える『悪い』状況というのはまだまだあった。


 しかし大まかな原因は緊張感の途切れによるものだろう。


 軍の行動目標でもあった『遺跡の探索』が無くなったせいなのか、もしくは姫殿下や救出隊の無事が確認されたせいなのか……。


 ディラン領軍を形成する徴兵の緊張の糸が切れているのが傍目にも分かった。


 これは騎士団の中にも見られた『緩み』だ。


 一度途切れてしまった緊張を張り直すのには時間が掛かる。


 更には尊き光の恩寵騎士団ルミナスや王族守護兵の合流で過剰とも呼べる程に増えた戦力が、領軍に安心感を与えていた。


 喉元過ぎれば熱さ忘れる。


 敵としていた者の撃退と目標としていた遺跡の消失が、、ディラン領軍や騎士に危険を忘れさせていた。


 怪我人が出るのも時間の問題だっただろう。


 さすがに上役と定められた隊長以上の者は分かっていたのだが……それは言葉で注意したところで直るものでもなく。


 そのため遺跡探索の全権を再び掌握した姫殿下が、上役の提案を飲み、全軍の撤退を受け入れた形になった。


 成果が全く無かったわけではない。


 第二王子殿下の遣いの者や所属不明と思わしき黒髪の刺客を、姫殿下は鹵獲している。


 これに於いてはプラスの要因だろう。


 しかし無駄に兵力を損耗したというのがディラン領側の見解でもある。


 領軍を動かすのもタダではない。


 何かコレと見える成果を欲してはいたが……。


 被害が出るとするのなら、最も大きいのも領軍だろうと理解していたバドワンは大隊長と共に撤退を支持。


 元々の入口としていた崖側の確認もせず、苦渋の決断を下していた。


 兵力を割って下手に藪をつつくことを避けた判断であった。


 尊き光の恩寵騎士団に否はなく。


 ともすれば未だ目覚めない団長を思って、いち早い撤退を決めていた。


 回復薬のお陰で見た目には眠っているように見えるリーゼンロッテだったが……未だ目覚めぬ団長に副団長以下は心配の頻りであった。


 教会への協力の打診すら考えていた。


 主力とも言えるリーゼンロッテの欠如に、集団心理に根差した気の緩み、度重なる襲撃に遺跡の消失。


 どう考えても良い状況ではない。


 それでも幸いとするのなら、まだ街道が近く、被害が出る前に撤退出来たことがそれだろう。


 緊張感の欠如は行軍の速度にも現れた。


 溜まっていた疲労が噴出したのか……本来は三日と定めた距離だったが、実に四日半程も掛かってしまっていた。


 四日という日数が経ったにも拘わらず、未だ目覚めぬ者が三名。


 その全てが女性である。


 騎士に気絶させられていたテッドは行軍開始二日目で目覚め……。


 幼馴染の一人であるジト目さんから再びの眠りにつかされていた。


 村の者を率いて再び地下へ赴くと騒いだためだろう。


 ……決して鬱陶しかったからではなく。


 そんな顔面に角材の跡を赤く残したテッドが、ランプの明かりに照らされるテントの中で不思議そうに呟いた。


「せい…………れい?」


 全軍をウェギアの街に収容出来るわけもなく、兵士の多くが野営用の道具で街の直ぐ近くにテントを張っていた。


 ここもその一つである。


 テントの中にはメンバーは足りないまでも、いつかの秘密基地チャノス家の小屋のように、幼馴染が顔を突き合わせていた。


 テトラが持ち上げる仔猫が『あ? 何見てんだよ、殺すぞ?』とばかりに首を傾げるテッドを睨んでいる。


 一頻り仔猫を眺めて引っ掻かれたテッドは、細く長い溜め息を吐き出した後で真剣な表情になると――言った。


「ふざけんな」


 ターニャはこれにジト目である。


「……ふざけてないのに」


 不満そうなのが、テッドには妹らしい面も見せるテトラだろうか。


 膨れっ面で反抗的な態度を取っている。


 これにテッドは訳知り顔で『やれやれ』とばかりに再度溜め息を吐き出すと続けた。


「なんと言われようと俺はもう一度あの遺跡に潜るぞ。お前らは中を見てないから知らないかもしれないけどな? あの中はめちゃくちゃ広いんだ。全部埋まったなんて有り得ないさ。だからレンもきっとそういう場所に避難してる筈だ」


「……テトラ」


「なーに?」


「……もう一匹」


「いいよー。――クロちゃん」


 僅かに――テトラの肩辺りにある『闇』が濃くなる。


 しかしテッドは気付かないのか、意思表示であるかのように装備を纏い始めた。


 そこにターニャが声を掛ける。


「……テッド」


「いいや行くね。ターナーが何と言おうと、絶対にレンは――」


「違う。魔法……火を出して」


「あ? 火? なんでだ? ……テント燃やすのか?」


「……違う。いいから」


 訳が分からずもテッドは詠唱を始めた。


 それはランプに照らされているターニャが角材を両手にしていたことも……もしかしたら関係があるのかもしれない。


 そうすると装備を身に着けるのは一概に間違いとも言えないだろう。


 僅かな詠唱で生み出されたのは、拳一つ分にも満たない火の玉だった。


 テッドの手の平の上で制御された火の玉が燃える。


 テッドが訝しげな表情のままに声を上げた。


「これが――――え?」


 しかし疑問は台詞の途中で別の疑問へと切り換わってしまった。


 確かに制御していた筈の火球ファイヤーボールが消え――――



 ――――テントの中の暗さが増していることに気付いた。



 名うての師匠を持ち、幾多の修羅場を潜ったと自負するテッドにして初めての経験であった。


 打ち消されたわけでもなく、制御が外れたわけでもない。


 自分の魔法が『消失』するという不思議に、テッドは否応なく巨大な存在の気配を感じ取らされていた。


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