第524話 *第三者視点


「俺達も行こう」


 少しばかりキャンプ地ベースから離れることを同村からの徴兵に告げたターニャに、ハルオルはそう返した。


 焚き火の周りに腰を降ろしていた自分の村の連中に、ターニャが話し掛けているところだ。


 静寂と沈黙に包まれていたのも束の間、今は喧騒と混乱に満ちたキャンプ地で、纏め役とでもいう騎士団が統率を図っている。


 徐々に大きくなる騒ぎの中で、ターニャとハルオルの声は埋もれ……それだけに両者がことが分かった。


 見下ろすターニャが言う。


「……難しい」


「…………あー……相変わらず言葉足らずだな? 今は通訳がいないから翻訳が…………ここから離れるのが難しいって言ってるのか? 俺達が?」


 自らを指差すハルオルの言葉に、ターニャは一つずつ頷いて返す。


「まあな。他の間者スパイを警戒してる中で騎士団監視から離れるのは難しいかもしれん。しかしまあ……どうにかなるだろ? お前らの保護は、かの有名な『七剣』様直々の命令だしな。気心の知れた俺達が同行するって言えば許されるんじゃないか? ……その前にお前らが出歩くことを許してくれるかどうかの方が問題だと思うぞ?」


「……それは大丈夫」


「…………どう大丈夫なのか、説明は無いのかよ」


 暫く続く言葉を待ったハルオルだったが、ターニャは答える気が無いのか、ただ突っ立っているだけだった。


 頭でも痛いのか眉間を揉みながらハルオルが続ける。


「…………分からん。まあいいさ。どちらにしても、ここに居たところでってのはあるしな」


 同じ村の徴兵が固まっていた一角から腰を上げたハルオルが、仲間に目で合図すると頷きを持って見送られた。


 振り返ったハルオルがターニャに言う。


「まずは騎士団に報告だ。……『無理だ』って言われたら諦めろよ?」


「……分かった」


「ほあー、まっはまっは、おへもひく」


 追加で手を上げたのは、焚き火の前で糧食を食べていたマッシだった。


 地震の直後だというのに火の傍で未だに口を動かし続けているのは……もしかすると強者なのかもしれないと他者に思わせる平静っぷりである。


 単に食い意地だと知っている付き合いの長いターニャからしたら、冷たい視線を向けるだけの存在なのだが……。


「……いや大丈夫デブ


 だからなのか出てくる言葉も遠慮がなく冷たい。


「は、ぞぉんぶはべてからへひひか?」


 しかしお構いなしに食べ続けるデブに、ターニャはこれ以上話すことは無いと歩き始めた。


 苦笑を浮かべながらハルオルが続く。


 真っ直ぐに歩くターニャの目的地は、どうやら騎士団が詰めている天幕のようだ。


「あ、言ってきた? レイのとこ行ける?」


 ハルオルに離席を告げる間、待っていて貰ったテトラが途中で合流してくる。


 足元に纏わり付く白い仔猫と、照り返して光るストロベリーブロンドの髪が闇の中に鮮やかだ。


 だからなのか――


 僅かにと思える闇が、彼女の背に纏わり付いているようにも見える。


 残像なのか何なのか、少し目を離せば『何も無い』と分かるので気にする者はいなかったが……。


 ターニャが答える。


「……あと騎士団」


「そっかあ。今度は一緒でいい?」


 ギュッと手を繋げてくるニコニコ顔のテトラに、ジト目を向けるターニャは少しばかり考えるような沈黙を挟んだ後に頷きを返した。


「わあーい。一緒、一緒!」


「ひっほ、ひっほ!」


 後ろから続くモゴモゴとした声には、誰もが黙殺を貫いたが……。


 天幕の前に立つ見張りへと来訪を告げると、ディラン領軍を暫定的に統括しているディラン領騎士団の代表である副団長のバドワンはターニャを中へと招き入れた。


 バドワンからすると、テトラとターニャの扱いは非常に難しいところにあった。


 個人的には、徴兵された村の娘だからといって『それが何なのか?』と放り出したいところである。


 軍行動に部外者を交えるなど有り得ない話だからだ。


 しかしこれが七剣の率いる騎士団と共に来たとなると話が変わる。


 七剣による戦時での裁量の自由は、騎士教育の一環としても知っている。


 たとえ騎士ではなくとも七剣が『王国の剣』であることは有名だ。


 その行動は国王陛下の意志と言っても過言ではない。


 であるならば、テトラとターニャの扱いは客分に近いとバドワンは自分の中に落としていた。


 しかし……『何故?』という疑問は消えない。


 その微妙な立場の娘が、この混乱時に話があると言って来たからには、聞く必要があるだろうと招き入れた次第だった。


 尊き光の恩寵騎士団ルミナスの暫定的な纏め役と共に、あの光の原因を探るべきかどうか協議するのを中断するとしても、だ。


 会議を中断しての招き入れだったため、軍や騎士団の上層部という総じて上流階級に住まう者達の視線がターニャへと集中する。


 意に介していないターニャの後ろでは、何処に行くのかも分からぬままに付いてきたマッシが食べ物を飲み込むタイミングを見失っていた。


 バドワンが口を開く。


「話があると聞いたが?」


「……そう。先程の光の柱……あれは合図」


「合図? いや待て。あれが何なのか知っているのか?」


「……あれは聖光剣の一撃」


 ターニャの言葉に、バドワンの視線が尊き光の恩寵騎士団からの騎士へと向いた。


 立場的にはナンバースリーとなる尊き光の恩寵騎士団ルミナスの騎士は、これになんと返していいのか分からなかった。


 尊き光の恩寵騎士団の騎士は、団長であるリーゼンロッテが聖剣の力を引き出して光属性の一撃を放つところを幾度として見たことがある。


 しかしあれ程の規模となる記憶に無く、また可能であるかと言われれば首を傾げざるを得ないからだ。


 返らぬ返事に視線を切ったバドワンが、事情を知っていそうなターニャへと問い掛ける。


「そうだとして……一体なんの合図なのだ? つまりは、リーゼンロッテ様からの合図だということは分かるが……」


「……たぶん、皆あそこから戻ってくる」


「撤収の合図か?! すると……撤退路を作ったとでも言うのか? なんと剛毅な……さすがは音に聞こえし七剣か」


 感心と驚愕が綯い交ぜになったような反応をするバドワンを余所に、ターニャはを続けた。


「……わたし達は迎えに行く。約束だから」


「む。いや……そうか、しかし……」


 続くバドワンの台詞を、尊き光の恩寵騎士団の騎士が引き取った。


「姫さ……いや、団長との約束か? であるなら我々も同行しよう。貴方達の安全確保は団長の命令でもある」


「……よろしく」


 淡々とターニャが言葉を吐き出すのを、ハルオルとマッシは冷や汗を流しながら見守っていた。


 その言葉や態度にではない。


 、である。


 ターニャは嘘を吐いてはいないが……恐らくは質問に答えてないことが、同じ村で生活する者にはよく分かった。


 似たような話し方で詐術を使う、今年成人となった村の男がいたからだ。


 村で一番賢いと言っても過言ではないターニャもこれに騙されて、角材の硬さを確かめたのも最近の話である。


 よせばいいのに「嘘は言ってないよ?」なんて煽る男の顔に角材が減り込んだとかいないとか……。


 馬を引けと騒ぎ始める騎士の只中にあって、終始笑顔なのはテトラだけであった。


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