第525話 *第三者視点
「カッポカッポ」
「いや馬の腹を蹴るな。駈足になるだろ? あとあんまり動くな、振り返るな、腹を掴むな。なんだよ?」
「まる
「……マッシ兄な? 呼び捨てでもマッシの兄貴とかでもいいけどよ。『まる』って何だ? どっから出てきた?」
「『ありがとう』は、どうするの?」
「首筋をポンポンって叩きゃ伝わるよ。世話したことかなかったか? ありゃテッドの方だったか?」
空が赤く染まり始めた明け方。
キャンプ地までの街道を両騎士団と共にテトラ達が遡っていた。
馬を操れないと言うテトラとターニャは、商店の護衛や村長の遣いとして馬に乗る機会の多いマッシやハルオルに同乗して貰っている。
光の柱が噴出していた
直線的に近付けば早いのだが、森の深い場所ともなると馬での行軍が厳しく、近い所までは街道を回った方がいいという結論になったからである。
元より歩いてでも行くつもりであったターニャは、時間が短縮出来るならと頷いた。
しかしあまり乗馬が
代わりとばかりに元気なテトラとマッシが、目的地の近くということもあって
馬に乗るのが重労働と知ってはいても、こればかりは経験するよりない貴重な機会を、しかし『もう目的地が近いから』と、さっさと馬から降りてしまうターニャ。
余程きつかったのか、青くなった顔色には珍しく僅かな後悔が滲んでいる。
もしくは『ごめんよ?』と舐め回してくる馬の舌が気に入らないだけかもしれないが……。
目的地に到着したとあってか、テトラとマッシが乗る馬の頭の上に座っていた仔猫が顔を上げた。
その表情はふてぶてしく『もう?』と不満を露わにしている。
激しく動く馬の上で振り落とされないばかりか平気な顔で丸くなる仔猫に、随行していた騎士の幾人かは驚いた表情を滲ませていたが……問い掛けるまでには至らなかった。
状況とリーゼンロッテの個人的な知り合いという立ち位置が利いていたからだろう。
マッシに至っては『元よりそういうものだ』と思っていたためか、疑問にすら感じていなかった。
折々にかけて、しなる枝先で眠る仔猫を見掛けては『よく落ちないもんだなあ』などと思っていたせいもある。
そんな仔猫だが、元より夜行性らしい節が見られていたからか……白み始めた空に眠そうな表情で不満気だ。
テトラが馬から降りると、そこが自分の場所だと言わんばかりに、テトラの首元から服の内側へ入り腹の辺りで丸まってしまった。
いつものように、仔猫のさせるがままに任せたテトラが、しかし落とさないようにと仔猫を支える。
そして何かに気付いたかのような顔になると――ニコニコとしたまま、馬を労っているマッシに向かって言った。
「まる兄」
「よっしゃ分かった。俺は村長やレンみたく甘くないからな? ちょっとこっち来い。世間の厳しさを教えてやる」
「ふふふ」
テトラとマッシが戯れている最中も、騎兵だけで先行した騎士団の一部が、馬から降りて森への索敵を行っていた。
距離と規模が大き過ぎたために、光の柱の根元が正確に分かるといった者は騎士の中にはいなかったのだが……。
大まかな場所は、あの混乱の最中にあったというのに「掴んでいる」と発言したターニャを信じて当たらせていた。
「まさか、これ程とは……」
存外に離れていた距離を思ってバドワンが呟く。
『遠近感が狂う』という表現がまさに今だろう。
徒歩での行軍を思えば数時間――――光の柱の規模に、バドワンは今更ながら汗を滲ませた。
そもそもが直前に起きた地震と、あの光の柱との関連性をイマイチ把握出来ていなかったことにも原因がある。
しかし仕方ないことと言えばそれまでだ。
元々『地震』という現象が大規模な儀式魔法でしか起こらない世界で、如何な『七剣』と言えど個人の枠を越えることはない――バドワンとしては、そう考えていた。
恐らくは地下――遺跡で起きた何らかのアクシデントに、リーゼンロッテが聖剣の力を振るっただろう、と。
つまり『地震』と『光の柱』は別々の現象なのだと。
しかしその考えが残るのも――――地下へと続く大穴を見つけるまでだった。
深く、暗い。
朝日が差してきたというのに底まで覗けないような大穴は、光の柱の角度もあってか斜め下へと続いていた。
そして――問題はその大きさにこそある。
人が数人で囲める程度の規模ではなかった。
何か大きな建物を丸々納められるぐらいの大穴が傾斜を伴い空いている。
もし本当に、これが夜空を貫いたあの光の柱が原因で空いているというのなら……直前の地震にも理解が及んだ。
大地が揺れたとしても仕方ない――そう認めざるを得ない程の破壊の規模であると。
これが『七剣』に於けるスタンダードなら……なるほど、『七剣』は王国の切り札足り得る、と辺境の騎士団の副団長を唸らせた。
想像より広く、また深さを思わせる穴は……脱出路であるというより――――何か良くない物でも飛び出してくるのではないかと、周辺を確保する騎士を不安にさせた。
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