第523話 *第三者視点


 ターニャが『……これで涎を垂らされる前に起きる』と思ったかは定かではないが、さすがのテトラでも座っている地面を激しく揺らされては目を覚まさざるを得なかった。


「……あえ? あう」


「……おはよ」


 しかし危険な感じに頭を振るテトラに、手を伸ばして体を捕まえるターニャの姿には、慣れと親愛の情が垣間見えた。


 そのお陰もあってか、テトラの周囲では


 一早くその事実に気付いたのもまたターニャだけで――


 不自然とも思える被害の低さは、しかしテトラとターニャの周りだけだったようで……幾つも焚かれていた篝火は崩れ、森の中を回っていた灯りも、不規則な動きを見せたり消えたりと忙しない。


 もし明るい所で、被害状況をしっかりと見聞していたなら……その不自然さにも誰かが気付いたかもしれない。


 しかし揺れ自体が長く続かなかったことと――――に、そんな些細な違和感に気付ける者は、同じ村から来た者の中でさえいなかった。


 光の柱だ。


 僅かで大きな揺れの後、地面を飛び出して空へと向かい屹立する光の柱が現れたからだ。


 さしもの地震といえど、この異常事態には誰もがそちらに目を奪われた。


 真っ直ぐに立つ――というには倒れ掛けのような角度で、延々と伸びて雲を貫く程に長い。


 かなりの距離が予想されるというのにハッキリと見える光の柱は、その長さも然ることながら巨大さにも疑いようがない。


 夜にあってなお眩さを感じさせる巨大な光の柱は……しかし何処か静かで柔らかい光を放っていた。


 そう、まるで月の光を思わせる――――


「起きたよぉ……朝だね〜? ター……」


「……まだ朝じゃない」


 ムニャムニャと目を擦るテトラを掴んだまま、沈黙が支配する静寂へとターニャは視線を走らせていた。


 『情報知る』を得るために。


 多くの兵が驚きと恐怖で身を固め、混乱と沈黙が場を満たす中……光の柱に注目はしているが、感情の乱れは集団を見つけた。


 ――――直ぐ近くに。


 幾重にも重なるがターニャの中で結実し、一つの真実へと到達する。


 驚天動地とも言える真実それに、しかしターニャは面倒くさそうに溜め息を一つ吐き出すだけだった。


 元より『知ることの出来る真実あり得る一つ』は彼女を驚かすに値しない。


 本来なら溜め息さえもつかないだろう。


 千緒万端がターニャにとったら当たり前で簡単な世界の姿だからだ。


 彼女をして驚かせるのは……はいつも一つ。


 一つだけ。


 その一つが……本来なら絡むことのない一つが、どうあったところで結び付く筈がなかった一つが―― 


 何故かいつも中心の近く……。


 その異形さに反して風に逆らえぬ木の葉の如く舞う、彼女をして『分からない理解不能な』存在。


 結び付かない筈だった。


 一つ一つは遠く、縺れる糸を解いたところで、大局とも言える流れは変わらず。


 一目見て『同類』と理解した彼女にも、会うことなくすれ違う彼女にも、いずれ真実に辿り着く彼女にも――


 その傍に居ることはあり得なかった。 


 『同類』が自分とは違う方向性に進んでいるのは直ぐに『分かった』。


 彼女は進むことで可能性に期待し、ターニャは見守ることで《変わらないこと》に期待していた。


 彼はターニャの傍にあり……いや、――――


 予想外は同類たる彼女の行動で、それでもというのは存在しなかった、とターニャは思う。


 彼女にしてもそうだろう。


 故に彼女も見つけた筈だ――――彼を。


 しかし……逃げられるだろう。


 彼女にして『くだらない』と断言出来る『予感』が……彼にしてまず間違いと豪語する『嫌な予感』とやらが今、ターニャにも感じられていた。


 それは不確かであやふや……には値しないと断言出来る俗説。


 予感なんてものは有り得ない。


 今ある可能性の中に、彼が彼女から逃げられる道は無い――とターニャは思う。


 しかし、だ。


 ………………。


 経験則や超感覚などでは説明出来ない、が彼女に『知らせ』を届けている。


 だからターニャは――知る人が見れば分かる程度に不機嫌だった。


 心の中にいるレンが『な? あるだろ? な?』と言っていることも原因なのかもしれない。


 もしくは「起きた」と言いつつも肩に頭を預け続けるテトラのせいかもしれない。


「……あれぇ? ターナー、怒ってる?」


「……わたしは怒ってない」


「オコ?」


「……オコじゃない」


 完全に目覚めたらしいテトラの頭を離したターニャは、伏せていた体を起こして立ち上がった。


「どこ行くの?」


 未だ眠気の残る眼差しでテトラが尋ねる。


「……レンに繋がる可能性へ」


 ターニャの視線は、消えてしまった光の柱の根元へと向かっていた。


 ターニャの返事にテトラが笑顔で言う。


「うん、行こう! レイのとこ!」


 ニコニコと笑うテトラをチラリと見下ろしたターニャは、もう一度だけ短く溜め息を吐き出して頷いた。


 既に消えてしまった光の柱は、しかし光跡とでも言うべき余韻を――――空に残していた。


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