第十一章 天承天戯 破

第522話 *第三者視点


 暗闇を幾つもの篝火が照らす大峡谷前。


 少数精鋭の救出隊を送り出した後、しかし残るディラン領軍本部は未だ緊張に包まれていた。


 王家の血脈を受け継ぐ、遺跡発掘の監修として派遣されてきた姫君。


 その安否も定かではないとされた上に、相次ぐ襲撃と異変。


 たとえ夜明けが近いとしてもここで眠れるような兵士は、それこそ徴集された民兵にもいなかった。


 遺跡内部から撤収した部隊に後追いとしてやって来た騎士団。


 膨れ上がる人数のままに灯りは増やされ、当然ながら警戒する範囲もキャンプ地ベースを大きく越え、幾つもの光が森を彷徨い歩いている。


 各騎士団……未だ遺跡から戻らない王族守護兵ロイヤルガードを除いた、ディラン領騎士団と尊き光の恩寵騎士団ルミナスが暫定的に指揮を取っているが……。


 その指揮系統は一本化されてはいない。


 それもその筈で、本来なら総指揮を担当するであろうディラン領騎士団の副団長バドワンも、まさか第四姫殿下の来訪や尊き光の恩寵騎士団との合流は予想外であり、強権を発動しての命令系統の統一など出来ようもなかった。


 ディランは貴族の格としては伯爵を賜る上級貴族だが、陞爵間もない田舎貴族でもある。


 その郷土騎士団ともなれば、隊長格といえど士爵や騎士爵が精々だ。


 元より実力主義の平民登用が多いディランだからこそ、高い爵位とは無縁でもあった。


 そこにラグウォルク王国でも上から数えた方が早い権限と名を持つ騎士団が来たのだ。


 指揮下に入るならともかく、というのはバドワンにして無理筋だと思えた。


 そして向こうも特に指揮権を主張もしなかったことが、この状況を生んでいた。


 というのも、この場に於ける最高権力者のが不在であるためだろう。


 まず安否不明の第四姫殿下――ヴィアトリーチェ・アルサルス・ジ・ラグウォルク。


 本来ならこの遺跡発掘の監督役を拝領する、唯一無二となる最高責任者。


 ディラン伯爵が出張って来ない限り、彼女の命令が最上位にある。


 ――――しかし大峡谷に落ちてしまったため、この場にはいない。


 とすれば次に強権を振るえるのは、ラグウォルク王国が掲げる最高戦力たる『七剣』――リーゼンロッテ・アンネ・クライン。


 数々の強権を与えられている七剣は、その一つに戦時に於ける『裁量の自由』が認められている。


 そこには頭を失ってしまった軍の統括も含まれるだろう。


 ――――だが第四姫殿下が生存している可能性があると遺跡内部へと行ってしまう。


 頭一つ抜けたと言える権力者を失い、待機を言い渡されているディラン領軍。


 高い爵位を有する王族守護兵の方々やディラン領軍を統括する大隊長も戻って来ておらず、尊き光の恩寵騎士団も団長が不在とあらば、場を統括するべきはディラン領騎士団であるべきなのだが……。


 爵位の関係や上下する困難な立場にあって、バドワンは指揮権を主張出来ずにいた。


 しかも第四姫殿下を守り切れなかった場に、ディラン領騎士団も居たとあれば尚更だろう。


 『どの面下げて……』というのが本音である。


 そして本来なら予定されていない合流に、団長から「ディラン領軍と騎士団の邪魔をしないように」と言い付かっている尊き光の恩寵騎士団も、相手への配慮から「指揮権を寄越せ」とは言わず。


 お互いがお互いで侵入者を警戒するために――――森に放たれた無数の光が今の状況を物語っていた。


 本来なら半分でも充分な見張りとして機能するだろう歩哨も、それぞれの騎士団から出されることで倍である。


 その割を食った形になっているのが、集められた徴兵だ。


 やることがない……というより警戒する持ち場を合流した騎士団に取られ、これ以上は必要ないと判断した各隊長から待機を命じられている。


 大隊長が不在なことも、積極的に軍を動かさない理由に一役買っていた。


 しかし待機としたところで休息にはなっていなかった。


 絶望的とも言える第四姫殿下の生存や、軍内部から出た裏切り者や正体不明の襲撃者による攻撃などが心身に影響を与え、まんじりとも出来ない状況が緊張に拍車を掛けているからだ。


 しかしそれも……あくまで軍関係者や騎士団と付くようだが……。


「……んむ…………スゥ……」


 コックリ、コックリと舟を漕ぐ……物々しい装備の軍関係者の中にあって紅一点と言ってもとされる……壊してはいけないとすら思わせる、一枚の絵画のような美少女。


 篝火が淡く照らすストロベリーブロンドの長い髪は波打ち、成長期に伸び始めた白くスラッとした手足を今は曲げている。


 辺境も辺境の開拓村にあって村長の娘とも名高い、レン曰く『天使としか言いようがないから天使って言ってるけど明らかにそれ以上だから天使ってやつは失礼だよね?』だそうな――――テトラ嬢である。


 耐えきれず――ついにポテッと頭を落としたのは、隣りに座る幼馴染の肩だ。


 僅かに向けられた視線は常から冷たく、感情を廃したような無表情の中に半眼とすら言えるジト目が光る――


 成人を迎えたが未だ年下のテトラと並んでも違和感がなく、しかし蠱惑的な魅力にミステリアスな雰囲気を携えた美少女。


 レン曰く『ジト目オブ角材』と呼んで追い掛け回される――――ターニャ嬢だ。


 明らかに場違いに思える二人だが、リーゼンロッテから「手厚く保護するように」と伝えられている騎士団としては、この二人の存在に疑問を呈していない。


 同じ村の出身だという徴兵グループの近くに、二人仲良く並んで座っている。


 ここにレンが居たのなら、ターニャの表情を見て『ああ……煩わしげだなぁ』と思ったかもしれないが……。


 ターニャは常からの無表情に、寄り掛かってきたテトラを少し見ただけである。


 だから関係ないだろう。



 ――――継いで起こった大きな地揺れに関しては。


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