第520話


 ポタポタと髪から水を垂らしながら魔力を練り上げる。


 一先ず海の中に居たという事実を消さなければ……。


 イメージに魔力を沿わせて魔法を発動した。


「……おお。出たな……」


 願ったのは『温風』。


 ドライヤーのような風が濡れた髪を乾かしていく。


 魔力消費を考えて一時的にだが強化魔法を切っていた。


 そのせいか感覚は普段のもので……それが尚更ドライヤーを浴びているように錯覚してしまう。


 『髪を乾かす』というイメージでドライヤーを強く思い描いたからだろう。


 ……温度変化は有りなのかあ、変なところで細かいなぁ。


 それともやはり『風』が特別なんだろうか? 他の属性よりも自由度がやや高く思える。


 浴びてる風はドライヤーに似たそれだが、あの『ブオー』という音が無いのは何とも違和感だ。


 ここが浴室でないことを考えれば当たり前なのだが……。


 髪から服へ、徐々に乾かす部分を下にズラしながら排出口となっている丸い配管を見渡す。


 当然ながら入ってきた側に海は見えず……かと言って、船の内部へと続く先も闇に包まれている。


 …………いやいや、ラッキー……これはラッキーだよ。


 だってさ? 内部に侵入したところでこんなゆっくり服を乾かしてる時間があったかも分からないからね? こうして人目を避けて侵入する準備が出来てる時点で、俺はラッキー……。


 ――――たとえ閉じ込められていたとしても。


 チョロチョロと、残った海水が傾斜に促されて海側の方へと流れていく。


 ……そうだよねえ? 排水用の穴があるとしてもそっちだよねえ?


 どうやら異世界にも二匹目のドジョウはいないらしい。


 そもそも本当に排水されているのなら繋がっているのは海側で、俺の目的には沿わない。


「…………乾いたな」


 優秀な効果を発揮した温風の魔法が、草履の先まで乾かしたことを教えてくれた。


 ……そういえば服を着替えさせられたことには違和感を感じなかったのだが、この巨船に対してのドレスコードとしてはどうなのか。


 木を隠すには森と市民っぽいコーディネートには頷けるのだが……そもそもこの船に市民が乗っているのかどうかが疑問である。


 馬車を出てからこっち、予定が変わったとしか告げられてないのだ。


 説明役は逆さ顔だったし。


 ……この格好で船を彷徨いていたとしても浮かない? 海だけに浮いちゃう感じ? どっち?


「上手く潜り込めたところで、ステルスミッションは続きそうだなぁ……」


 いつから俺は某特殊工作員になったのか?


 しかも援護してくれる味方のない。


 ブツブツとボヤきながらも傾斜を登り始める。


 お嬢様なら悲鳴必至であろう暗さも、地下に潜ることに一家言を持つ村人なので慣れたもの。


 直ぐさま懐中電灯魔法を発動して灯りを確保した。


 ……ふと気付けば暗い所地下にいるのは、俺の異世界特有の何かか?


 村の地下通路に始まり、ダンジョン、生き埋め、遺跡に海溝。


 最後の一つに関しては、海溝に落ちる前にパーズが拾ってくれたという話だからノーカン。


 代わりとばかりに鯨の胃の中にまで招待されちゃったけどね……。


 いやあ……ほんと、得難い経験ですわ……ラッキー、ラッ…………。


 うぅっ! もう自分を騙せない?!


 現実を見ろと言わんばかりに、懐中電灯魔法が照らす明かりの先には――行き止まり。


 生き止まりかでも可。


 むしろ不可負荷だが?


 排水のためなのか排出口の中は真空……かどうかはともかく、呼吸がしづらくなったことに気付いた。


 気付いたのは温風を止めてからだったので……もしかすると『風』を生成すれば防げる可能性もあるのだが……。


 問題はさっきから試みようとしている『水中呼吸』の魔法が発動しないことだろう。


 ……水中じゃないからか? あ? そこまで融通が利かないもんか?


 しかしどれだけ魔力を練り上げたところで、手応えはスルッと抜けていくあの感じ。


 使えませんというお達しだ。


 ヒクヒクと口元が動くのは、きっと酸素欠乏による症状の一貫なんだろう。


 きっとね。


 明かりが照らす行き止まりには一本の線が入っている。


 どうやら上下から迫り上がったシャッターが真ん中で合わさり排出口を閉めているようだ。


 …………壊しちゃお。


 ああ……酸素が足りないせいで脳が上手く回らず短絡的な結論になってしまった。


 これも敵の罠なのか? きっとそうだな。


 そもそも海側の方も閉まっているとあって、ここを壊したところで浸水することも無いだろう。


 しかも壊すといったところで、元々上下に収納出来るシャッターなのだ……船に穴が空いたような事態にはなるまい?


 元より敵国。


 えー……なんちゃら王国…………栄えある我が国を侵略せんとする帝国の船! これをなんちゃら王国……我が国の兵が攻撃したところで何の後ろめたさがあろうか? いいや無い!


 完璧な理論武装に弁償という考えを心の奥底へと仕舞った。


 もはや遠慮はない。


 湧き上がる力(三倍両強化)もそのままに、『意地でも開かぬ!』と言っているシャッターの口に指を添えた。


 この力は神様が俺に授けた特別なもの……つまりこれも神様の意志せいということでいいね?


 返事はシャッターから貰った。


 心の中のジト目は消えなかった。


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