第518話


 とりあえず落ちるか……。


 他に方法も無いのだ。


 とりあえず落ちて――で、海を蹴って再び飛び上がるのが一番現実的な策だろう。


 海面を走るという人外染みた動きも記憶に新しい。


 ボールのように跳ね戻るぐらい、今の身体能力ならなんてことはないだろう。


 この高さから落ちたところで……この速度と勢いで落ちたところで…………大丈夫かな? 落下のダメージ云々の前に、ちゃんと着出来るかな?


 ちょっと心配になった小心者は、落下速度の軽減から試みた。


 目撃者としてお嬢様いるが今更なので問題ない。


 犯罪者の証言に力なんて無いので密航屋共もスルーだ。


 正直、地面を蹴る時よりも余程のこと気合いを入れて足を踏み出した。


 グニャリとした感触と共に掴んだ空気が、落下の勢いを削ぐ。


 静止にも似た速度の低減が、高さというエネルギーを削り、海面を掴めるという確信を俺に与えてくれる。


 この際だからお嬢様がビックリしているのは置いておこう。


 水だよ、水……水を足から噴射して止まったとか、そんなところだよ……きっと。


 魔法の発動に反作用を感じたことがないので、この言い訳が通じるのかは知らないが……。


 ともあれ海面に――


 フッ、と。


 舵を切った巨船の影響か、回り込もうとしていた湾岸警備らしい船影巡視船が視界の端に映った。


 巨船が進路を変更したことで、少しばかり早いお目見えになったのだろう。


 スルリと――とても高い所から落ちたとは思えないで海の中へと潜り込んだ。


 ギリギリ……見られてはないよな?


 ガンテツさんやパーズが住んでいた島の海域と違って、そこまで透明度の高くない海の中で巡視船の様子を伺う。


 巨船が吐き出す水流を嫌ってか、やや斜めに進む巡視船は……こちらに近付いてくることはなく、未だ暴走し続ける小舟を追っていた。


 見られてはない…………みたいだけど。


 ――――出られない。


 割と水深の浅い所を進んでいる巨船は、どうやら陸地に沿って北上しているらしい。


 追いかけっこしている小舟が巡視船を引き付けてくれればいいんだが……徐々に落ちているスピードを考えるとそれも無理そうである。


 暴走とやらが終わりつつあるのだろう。


 更に海晶石を追加して暴走させれば言い訳が立たないし、そもそも捕まると言っていた逆さ顔が俺のために囮役を買って出てくれるわけもない……。


 ……大人しく巡視船がどっかに行ってくれるのを待つか?


 それが一番安全に思えるのだが……そもそもが巨船の護衛だったら、俺はずっと海の中だ。


 なら夜を待って……って、朝になったばっかだけど?


 まさかの海中生活が始まってしまう。


 これを危惧してたのに……だって船が急に動くんだもん。


 船の速さに沿って、こちらも海中を往く。


 せめて巡視船が見えない所まで行けば――なんて考えていたら、ワラワラと他の船も集まってきた。


 何隻かは巨船の護衛をするように並走まで始めて……もう右で出ればいいのか左に出ればいいのかも分からない。


 巨船の下が安全スポットだ。


 まさに灯台もと暗し。


 いずれ息が切れて死ぬねぇ……。


 …………デッケぇ船だなぁ……まるで鯨みたい。


 ああ……鯨の中は良かったなぁ……なんせ追われる、なんてことはないんだからさ。


 現実逃避気味に巨船を見上げながら泳いでいる。


 バカみたいな身体能力のお陰で船に追い縋っているが、普通なら置いていかれるスピードだ。


 気をつけなきゃいけないのは、巡視船の観測範囲と吐き出されている水流に巻き込まれないことだろう。


 中型ぐらいの大きさである巡視船が嫌うだけあって、並々ならぬ水流が巨船から吐き出されている。


 今のうちに中に入る方法を考えなくては……。


 持って何分だろうか……何十分? 何時間? とにかく息が続く限りだ。


 小舟を嫌って一度陸側に切られた舵が再び海側へと動く。


 すると同じくして――ドボンドボンという音と共に、黒い球体? が海の中へと沈められた。


 いや……紐付いている。


 …………なんだろう?


 答えは――――強化した感覚が教えてくれた。


 黒い球体から発せられたが、海の中を駆け巡る。


 ソ――――ソナーだとぉ?!


 咄嗟に泳ぐのを止めて船底へと貼り付く。


 ……帝国ってやつはファンタジーナメてるよな、ほんと。


 何処の異世界にソナーを発する道具があるんだよ……!


 どうやら考えているよりもタイムリミットは早そうだ。


 このソナー(と思われる道具)の精度は分からない。


 今にしても、咄嗟に動きを抑えたが見つかっているのかいないのかの判断は微妙である。


 だが向こうからの反応を待っていたんじゃ手遅れだというのは、さすがの俺でも分かった。


 ……どうしよう?


 …………かくなる上は、船底に穴でも空けて侵入するしか……!


 それじゃ結局見つかってしまうというのに……割と短絡的な手段が出てくるぐらいには追い詰められていた。


 でもそれぐらいしか、船のに入る方法がない。


 何かないかと水中を見回したところで、船から吐き出される水流に飲み込まれてしまったのか魚すらいない。


 そう。


 のせいで……。


 …………確か、モーターとは言うものの……中にプロペラなんかが付いてるわけじゃなかったよね?


 少なくとも、今までに知る小舟ではそうだった。


 ……………………うそぉ?


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