第515話


 逆さ顔を追い掛けると、倉庫の外に出る扉ではなく地下へと下りる階段に進んだ。


 特別隠してある階段じゃないのは、その堂々さからも分かった。


 質問は無しという話なので問い掛けたりはしないが……外に出て船に乗るんじゃなかったのか?


 過ぎてしまった外への扉を横目で追っていると、後ろから付いてくるお嬢様が言う。


「何処に行くのよ? 船に乗るんじゃないの?」


 ともすれば俺への質問のようにも思えるが、それはたぶん先を歩く逆さ顔に訊いていた。


 トントンという階段を下りる足音に混じって舌打ちが響く。


「質問するなって言われなかったか? いいから大人しく付いて来やがれ」


 取り付く島もないとはこの事だろう。


 ……仕方ない。


 一切の説明もなく下へと下りていく逆さ顔を追い掛ける。


 僅かながらに振り返ったのは、お嬢様がちゃんと付いて来ているかの確認と……他の客の姿が見えやしないかと思ってだ。


 いない。


 どうやら俺達だけ引っ張られているようだ。


「テメェは通常の料金の十倍を払ってるから特別扱いなんだとよ。普段はこっちを使ったりしねえ。……まあ、お前らが残ってる限り商売が滞りそうだからな。お頭もさっさと厄介払いすることにしたんだろ」


 さすがに全く説明しないわけにもいかないと思ったのか……それとも不審な思いが表情に表れていたのか、逆さ顔が特別扱いの理由を話し出した。


 足を止めることなく話を続ける。


「いいか? 沖合いに停まっている船から梯子が降ろされるから、それに飛び付け。お前らが乗ったかどうかの確認なんてされねえからな? こっちが離れるのを合図に向こうの船も動く。悠長に止まったりもしねえ。すれ違うだけだ」


 すれ違う……?


 なんだろう? 何ですれ違うんだろう?


 もしかして潜水船なんてあったりするんだろうか?


 随分と長く続く階段が、実はもう水中だという期待が――――


 一瞬で鎮火される。


 階段を下の下まで下りた俺の目に入ってきたのは、何艘かの小舟が浮いている普通の海面だった。


 …………そういえば、ここに来る時、外門……というか外の待機所みたいな所まで階段で上がったっけ……。


 すっかり忘れていたが、ここの港は大型船専用の軍港っぽい所だった。


 そうだよ……そうだ……よく考えれば街が海面より高い所に作られてるなんて直ぐに分かった筈なのに……。


 つい先週に仕入れた飛空艇の情報が悪い。


 なんかそういうのがあると思っちゃったじゃん……。


 いや、ここも充分凄いんだけどね? こう……秘密基地っぽくて……うん。


 どう見ても素人作りの桟橋を通って、逆さ顔が小舟の一つに乗り込む。


 小舟の溜まり場からは長いトンネルのような道が続いていて、ちょうど出口っぽい穴から朝日が差し込んで来ていた。


「チッ、日の出か……。おい! 早く乗れ!」


「こ、小舟で行くの?」


 悪印象しかない遣り取りの末に『もう話し掛けない』とキレていたお嬢様が、さすがの密航手段に口を出した。


 でも分からんでもない。


 絶対に見つかるし、なんなら捕まるよね?


 しかし答える逆さ顔は平然としたものだった。


「ちゃんと目ン玉付いてんのか? 他にあるかよ」


「……ッ!」


 ……もう相性悪いんですって、たぶん。


 事ある毎に配慮の欠片もない言葉を受け取ったお嬢様は、怒りが頂点に達しているのか杖を取り出して……やめて。


 このままじゃ色々と台無しに為りかねないので、あとを引き取った俺が質問を続けた。


「でも見つかるし、捕まるだろ?」


「この船はな。だが計画通りやればテメェらはの船に乗れるし、俺も捕まらなくて済む」


 計画って……さっきの飛び乗るってやつか?


 すれ違いざまに飛び乗るのが計画?


 そりゃなんとも大層な計画で……特にシンプルなのがいいね? 分かりやすくてさ?


「いや……だからこっちの小舟に乗ってるのがバレたら意味ないだろ? って話なんだが……」


 問い掛けながらも小舟へと足を踏み入れた。


 未だ躊躇しているお嬢様に向けて手も伸ばす。


 お嬢様は驚いた顔をしているが……ぶっちゃけ他に方法がないよね?


 頼る先も…………ついでに言うとお金も無いのだから。


 逆さ顔がモーターに海晶石をセットしながら言う。


「そこにある布地でも被って荷物に偽装してろ。船の梯子を掴む時は、見張り台から死角になるから大丈夫だ。船の陰に入る」


「追っ手に追い付かれたら?」


 小舟の方が小回りは利くんだろうけど、スピード自体は中型船以上の方が速い筈だ。


 小舟で、その乗り換える船とやらに着く前に捕まったらどうするのか?


 逆さ顔が不敵に笑う。


「ハッ! そのために俺が此処に居るんだよ。直ぐに分かる。早く乗れ」


「ですって?」


 未だ握られない手の先にいる、今はダークブラウンのポニーテールを見つめた。


 お嬢様は胡乱げな視線で溜め息を吐いたが……片手を俺の手に乗せてきた。


「……ま、なんとかなるわよ。私、こういうので失敗したことないから」


 そうか。


 なら俺がこういうのでトラブルに見舞われ続けていることは言わなくていいね?


 幸運を手繰り寄せんとばかりに、俺はお嬢様の手を引いた。


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