第514話


 ……ここでバレるとか本当に勘弁してほしい。


 強化している聴覚を更に研ぎ澄ませて外の音を拾う。


 ドタドタという足音が少しばかり遠ざかり……門番の男と誰かが会話を始めた。


「なんだよ? まだ交代じゃないだろ?」


 交代、ね…………なるほど?


 どうやら門番仲間が別口から来たことで、対応するために馬車を止めたらしい。


 馬車の方に問題があるわけじゃなくてホッと一息といったところだろうか。


 実際に止めていた息を吐き出して緊張をほぐす。


 なんだ、驚かすなよ……ただの同僚か。


「ああ。だよ。いま緊急で伝令が回っててな、外門は閉ざすそうだ。捕物だとよ。お前も警戒態勢が解かれるまでは残業だぞ」


「うえ……マジかよ」


 なんでなん? なんで神様は俺にイジワルするん?


「おいおいおいおい! 閉ざすだと? この荷は朝一の船で出すんだぞ! どうすんだ?! 通して貰わねえと困るんだが?!」


 この会話に、馬車の御者をやっている密航屋の男が異を唱えた。


 僅かな沈黙の後に答えが返ってくる。


「そんなこと言われても上からの命令だ。俺達にはどうにも出来ん」


「……だとさ。まあ、大して掛からんだろう? あんまり長くなられたら今度は俺が困るよ……。もうじき上がりだったのになあ」


「だとしてもだ! ここまでは『行ってよし』の許可を貰ってんだから通ってもいいだろ? せめて積み込みぐらいはやっておかなきゃよ、定刻通りに出れねえよ」


「どうせ臨検することになるんだ……ここで検査を受けといた方が話が早くないか?」


「ああ? 検査だあ? 冗談言うなよ! 全部釘打ちまで済ませてんだぞ? もし開けるんなら、あんたらの方で元通りにしてくれよな! それにここで足止め食うってんなら『払い』の方も無しだ! 当然だよな? 通常の手順と違いねえんだから」


 ここでまたしても沈黙が入った。


 どうやら門番同士で顔でも見合わせているんだろう。


 より小さくなった声が聞こえる。


「……どうする?」


「どうするってもなぁ……いいんじゃないか? 通しても。ここは領主様認可の商会だしな。それに……今月の払いが無くなると飲みに行けねえよ」


「…………そうだな。どうせ臨検されるんだから結果は一緒か」


「そうそう、どうせ『問題無し』だよ。貴族様認可なんてそんなもんさ。下手に目撃して『地方へ出向』なんてことになったら……とんでもねえ」


「ああ、そりゃそうだ。……よし! 通っていいぞ! 行ってくれ!」


「ああ、恩に着る!」


 御者が叫び返すと同時に、馬車の歩みも再開された。


 無事、外門は通り抜けられたらしい。


 でも…………どうすんだろ?


 先程の門番同士の会話じゃないが、ここを抜けたところで船の臨検とやらも食らうらしいのだが?


 そっちも抜けられる手筈があるのだろうか?


 木箱の中で首を傾げていると、下から跳ね上がるようにやってくる振動が徐々に強さを増してきた。


 ……速度を上げてるな。


 どうやら急いでいるようで馬車の動きが荒々しくなった。


 隣りの木箱から上がる短い悲鳴を黙殺して、ひたすら揺れに耐える。


 すると長く耐える必要はなかったのか……急速な収まりを見せた振動は、ある程度を境に一切感知出来なくなった。


 …………止まったか?


「おい、聞こえるか? 予定が変わった。今から外に出すが質問はするな。案内について船に乗れ」


 言葉が届くより早くバールのような物が上蓋の隙間から捩じ込まれてきた。


 バキッ、という荒々しい音から察するに木箱を壊して蓋を開けているようだ。


 堂々と証拠を残すような開け方をしているところを見るに……あまり時間がないのかもしれない。


 出ていいのなら……ということで、有り余る腕力に物を言わせて上蓋を粉砕して外に出た。


 バールを持っているのは、あの半地下の部屋にいた密航屋の一人だった。


 驚いている密航屋に構わず、隣りの木箱の蓋も腕力で抉じ開ける。


 すると木箱の中に額を両手で押さえて蹲っているお嬢様を発見した。


「お嬢様、乗り換えだそうです」


「……鯨の中より酷い運転だったわ」


 フラフラと立ち上がり、ご機嫌麗しくない様子のお嬢様が片手を差し出してくる。


 その手を無視してお嬢様の脇に両手を入れると、木箱の中から抱え上げた。


「あんた、ムカつくわね……!」


 いや……片手を差し出されたところでさあ? どうしろって言うの?


 絶対に手ぇ一本で釣り上げられる方が痛いでしょ? むしろ思いやり溢れる配慮だったと思うのだが……。


「案内は?」


「こっちだ!」


 お嬢様を地面に降ろして早々に密航屋に向かって案内人の所在を尋ねると、遠くで声が上がった。


 出処に目を向ければ…………頬に青痣を作った逆さ顔を発見する。


 どうした? 顔が逆さ普通だぞ?


 質問するなという理由に納得である。


 もっといい配置があったんじゃない?


 しかし逡巡している時間は無いようなので、警戒しつつも足早に逆さ顔へと近付く。


 さすがのお嬢様も『別の人はいなかったの?』と俺への怒りすら飲み込んで怪訝な表情だ。


 唯一と言っていいぐらい遺恨がある奴なのに接客をさせないで欲しい。


 裏稼業も人手不足なのかもしれないが、適材適所ってあるでしょう?


 何処かの倉庫の中のようだ。


 薄暗い中で幾つも積み上げられている木箱が見えた。


 背にしたスペースには幾台かの馬車が入っているというのにまだ空きがある。


 壊されているのは馬車から降ろしている木箱だけなので、恐らくはカモフラージュ用だと思われた。


 ……さすがに積み上げられている木箱に人は入ってないよね?


「グズグズすんな、付いてこい」


 こちらが近付くと早々に言い捨てて踵を返す逆さ顔。


 待つつもりは無いようだ。


 むしろ誰よりも早いんだが?


 ……他の人はいいの?


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