第511話


 薄暗い通路は、どっかの隠し通路なんかよりもよっぽどカビ臭く湿っぽかった。


 『職員専用』が建て前だというのがよく分かる整備のされてなさだ。


 俺とお嬢様が入って早々に閉められた扉の先には、点々と灯りが続くだけの道があった。


 ……半地下なのかな?


 やや沈み込むように続いている一本道は、終点がこの店の地下部分に相当しそうだと予想出来る下り方だった。


 ――――ただしそれは道が長かったらの話である。


 やはり貴族が作った隠し通路と比べるべきではないのか、この地下通路の先からは話し声が響いている。


 意外と終点は近いのかもしれない。


 なので地下。


 微妙に先の見通せないカーブを描く道を、お嬢様に引っ張られながら歩き始めた。


 ちなみに比喩じゃなく服の袖の部分を引っ張られている。


 …………。


「お嬢様」


「ヒッ?! ……な、なによ? 急に声掛けないで!」


 やっぱり怖いんか。


 お前、自宅の隠し通路は平気だったじゃん……。


 ギュッと握られた袖は下手したら破けそうな程に皺が寄っている。


 やめて。


 ローブと違って復活しない服を守るべく、俺は言った。


「いえ、護衛の観点からしても、私が先を行った方がいいのではと……」


 そしたら袖は握れまい?


「そそそそうね? そうしようかしら? ……うん、そうするわ」


 言うやいなや俺の背後へと素早く回り込むお嬢様。


 お陰さまで袖の無事は確保されたのだが……今度は背中の部分を引っ張られている。


 ……こりゃ早いとこ抜けた方が良さそうだな。


 幸い終わりは近そうなので、先鋒を任された護衛としては足を繰り出すのも吝かではない。


 遅々とした速度であったお嬢様と違ってサクサクと進む。


 予想に違わず聞こえてくる話し声は大きくなり、直ぐさまカーブの先にあった奥の扉へと辿り着いた。


 なんでこんな距離を――と思わなくもない。


 しかし、である。


 ……そういえば俺も、中学の時にお化け屋敷のゴール寸前で足を止める……なんてことがあったよなぁ。


 当時の意識としては『何故か』や『訳も分からず』等と思っていたが……。


 今ならハッキリと言える。


 怖かったからだ。


 見栄や外聞が邪魔をしてハッキリとさせにくいこの恐怖という感情は、外からなら割と一目瞭然だったりする。


 今のお嬢様のように。


 そんな一目でビビっていると分かるお嬢様を見てると思うのだ――


 …………思春期真っ只中だなぁ、って。


 歳を重ねればその手の対応にも慣れが見られて、お嬢様のような『醜態』を晒さずに回避するのもよくあること……。


 しかしそれが『若さ』なのだと気付くのも同時。


 ワーキャー騒げるのも今の内というやつだ。


 もしお嬢様がこの御家騒動を乗り切って、将来結婚して女領主になった時。


 『そういえば、あの時はビビったわね』なんて思うのだろうか?


 意外と記憶に残ったりするからな、こういうことは……。


 ……俺のことは忘れてくれるといいんだけど。


「……待って!」


 そんなことを考えつつドアノブを握ろうとしたら、背後のお嬢様が服を引っ張りながら小声で叫んだ。


 伸びる、やめて。


 振り向けば視線の泳いでいるお嬢様。


「わ、私が先に行くわ……。退いて」


 そうですね? ビビってたって思われちゃいますもんね?


 脇に逸れてお嬢様を通すと、さすがに向こうから人の声が聞こえる扉に驚くことはないのか、躊躇せずに扉を開けられた。


 一気に光が差し込んだ通路に、向こうは随分と明るいのだと分かった。


 覗き込んだ向こう側は――――大きな部屋になっていた。


 しかし手狭に感じる。


 何故かというと……部屋の中央に置かれたテーブルがやや大きい事と、部屋の中にいた人の数が多いせいだろう。


 そりゃ話し声も漏れる。


 丸テーブルに並べられた椅子には勿論、調度品や棚にも腰掛けて、所狭しと詰め込まれた人間がそれぞれに談笑していたようだ。


 その話し声も――今や幻のようにピタリと止んでいた。


 同時に圧力すら伴って向けられる視線の数々。


 物理的な重さすら感じられそうな程の雰囲気は、扉を開けたお嬢様と俺を観察している。


 ……嫌な歓迎。


 お嬢様も、先頭に立ったことを後悔しているかもしれない。


 体を硬直させていることからしても、ここまで来たことはなかったのだと予想出来た。


 驚いた時の所作だ。


「それで? なんか用?」


 シンとした空気の中で、一番手前に座っている男が声を掛けてきた。


 その言い方は貴族に話し掛けるものではなく……どちらかというと『身内以外お断り』的な雰囲気を放っていた。


 テーブルに足を伸ばし、椅子の背凭れに体重を預け、絶妙なバランスの上で反り返り、顔を逆さにして問い掛けて来ている。


 髪引っ張ってやろうかな?


「イ、イーストルードまでの便をお願いするわ」


 この圧力空気の中で発言出来たお嬢様は立派だと思う。


 ――――しかし返ってきた答えは無情だった。


「行けば? 街を出てひたすら東だ。歩くのが嫌なら馬車で、泳ぐのが下手なら船で。ご自由に?」


 別段笑われたりしてるわけではないのだが……これが本気で言われているわけでもないことは俺でも分かった。


 そう――ふざけた態度だ。


 全員ぶっ飛ばしてやろうかな?


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