第510話


「えっと……こっちかしら?」


 おい。


 隠し通路の時も思ってたけど、実は迷ってる説があるお嬢様。


 覚えていると豪語したルートが、実は不確かな記憶だと口に出しておられる。


 追っ手が掛かっているということもあり、俺の方でも不安がそのまま口を衝く。


「あの……大丈夫ですか?」


「大丈夫に決まってるじゃない。貴方は黙って付いてくればいいのよ」


 ……そういう反射的なプライド発言は、後々高くついたりするんだぞ?


 まあ俺がその脱出ルートを知っているわけでもないので、結局は大人しく付いていくしかないのだが……。


 この港街も、壁に囲まれているだけあって外からの脅威には安心出来ると思う。


 しかし出るともなればまた困難だ。


 流れで街に入る感じにはなってしまったが、漁師さん達と別れていた方が賢明だったんじゃないかなぁ……。


 ……その場合、お嬢様は死んでるんだろうけどね。


 いやいや、その時はその時でしょう? 俺だってそこまでお人好しではない。


 見ず知らずの他人なら、目の前で死地へ踏み込まれようとも割と見捨てる派だと自負しているからして。


 いくら可愛い女の子だからって……たとえ婚約破棄されたご令嬢だとしても……そんな……ねえ?


「ちなみにお嬢様、おいくつなんですか?」


「はあ? いまそれが重要なこと? ……たとえそうだとしても、女性の年齢を突然訊く? 普通。あんたデリカシー無いわね」


 バッサリです。


 …………じゃあ突然じゃないタイミングって何なんですかあ?! 元勤め先でも「……先輩。順序って知ってます?」とか後輩くんに言われたことあるけど! そんな変なこと言ってなかったよ?! ただ女性社員が凄く欲しいって言ってるのを耳にしたことがあったグッズを偶々手に入れたけど俺には必要ないからって上げただけじゃん?!


 適材適所じゃん?! 何がいけないの?! はあ?!


 『……もしかして転生の影響で……俺にはデリカシーが……?!』とショックを受けていると、お嬢様が溜め息を吐き出しつつも言った。


「今年で十四。だからまだ十三ね。さっきも言ったわよ。あのね? 『覚えてないの?』って意味でもあるから。あんたのデリカシーの無さって」


 …………言ったかな? 記憶に無いな?


 ハハハ、そんな証明出来ないことを言われましても……ねえ?


 これは言った言わないの水掛け論に発展するのが目に見えていたので、年上として黙っておくことにした。


 別に自信が無いわけじゃなくね?


 うん、まあ、でも……未成年なら……うん、見捨てるのは……ね? ……ちょっと偲びないよね? うん、未成年ならね……。


 それに婚約破棄令嬢物って好きだったし……あらゆる婚約破棄令嬢物に恩を返していると思えば然もあらん。


 そのデリカシー発言をくれた女性社員とだって、翌日も普通に仕事したわけだし……当たり前だけど。


 そもそも言ったの後輩くんだったわけだけど…………後輩くんじゃん?! あの野郎!


 憤りも露わに歩を進めていると、前を行くお嬢様が足を止めた。


 お嬢様の視線の先には、大通りから漏れる光も届かないような路地裏で、ピンクに光るネオンっぽい看板が――


 なるほどね。


「トイレですか?」


「違うわよ?! なんでそうなるのよ! あんた、そういうところよ!」


 だからどういうところだよ! ちゃんと言ってくれなきゃ分からないでしょ?!


 だって……どう見ても『大人限定』っぽいお店なのだ、お嬢様が立ち止まられるとしたら、そんな理由しかないでしょう?


 違うというのなら。


 ……ええ? ……もしかしてここなの? その……外に出れるという心当たりというのは。


 だとしたら……。


「あの……お嬢様の叔父様は、お嬢様をこんな所に連れてきたんですか?」


「……」


 さすがのお嬢様も無言でお店の扉を引かれている。


 それは店前で騒ぎたくなかったからなのか、図星だったからなのか……。


 両方だな。


 話の流れからして、こういう知識を教え込んだのはきっと同一人物だという当て推量だった。


 しかし間違いじゃなさそうなのはお嬢様の反応からしても確かだろう。


 ……隠し通路の墓石といい此処といい、むしろ叔父様とやらにはちょっと会ってみたくなっちゃったよ。


 すげえ道楽貴族なんだろうなぁ。


 お嬢様が扉を開いた先には、男の店員が一人。


 店の奥へと繋がる通路は直ぐに左右に分かれていて見通せなくなっていた。


 カウンターに掛かった暖簾までそれっぽい。


 さすがに写真はないのだが……ズラッと書かれた名前と数値は…………なんなんだろうね?


 もしも機会があったなら、次回こそはこの謎に挑戦すべく足を運ぶとしよう。


 いつの日も冒険心は男の原動力なのだ。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょう?」


 カウンターの前に立つ男性店員は、どう見ても場違いである筈のお嬢様なのにマニュアル対応だ。


 ……もしかしてお高いのかなぁ?


 じゃなきゃお嬢様にマニュアル対応はすまい。


 二の足を踏む新成人を置いて、お嬢様がズカズカと店内に入っていく。


 頭を低くする男性店員にお嬢様が言う。


「相手は誰でもいいけど曲を流して頂戴」


 やっぱり音が気になる感じ?


「……畏まりました。どのような曲をご所望でしょう?」


「『風刺的な物サティリカル』で」


「承りました」


 お嬢様のリクエストを受け取った男性店員は頭を上げると、通路の方ではなく『職員専用』の扉の方へと足を向けた。


 なんと厳重にも扉には施錠がされていたらしく、男性店員の鍵を取り出している。


 開かれる扉を押さえながら、男性店員がまたも頭を下げて言う。


「――――奥へどうぞ」


 ああ、やっぱり合言葉的な何かだったのか……。


 促されたお嬢様は、一連の流れを見守っていた俺に向けて言う。


「い、いいいい行くわよ!」


 ――――顔を真っ赤にされて。


 ああ、やっぱり恥ずかしかったんだろうなぁ……。


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