第509話


「ほら? 逃げて良かったでしょ?」


「……本当ね。でもまさか、港の警備にまで手を伸ばしてるだなんて……」


 バタバタという足音を背後にやり過ごしながら、道端に置いてあった木箱の陰に身を潜めている。


 明かり差す通りを駆け抜けていくのは、お揃いの装備に身を包んだ奴等だ。


 お嬢様が言うには官憲という話。


 先程のスラムでの倒壊騒ぎから通り二本は離れているというのに、物々しくなる様子が見られた外通り。


 大活躍する第六感嫌な予感に従って裏口からの脱出を試みた。


 ここでお嬢様の見た目が、店員からの了承を得るのにとても役に立った。


 容姿云々の方ではない。


 如何にも貴族なお嬢様……なのに如何にも厄介事に巻き込まれているというのは、服装からして一目で分かった。


 それでも入店を拒否出来なかったのもまた、お嬢様が如何にも貴族な雰囲気を漂わせているからだろう。


 早く出て行ってくれるならと二つ返事で了承を頂いて今に至っている。


 ……お嬢様は一度刺客を撃退したことで、次の刺客が来るのには時間が掛かる筈と予想されていたが……。


 敵側からしたら滅多にないチャンスなのだ。


 そんな悠長に待ってくれたりしないだろう。


 お嬢様にあまり自覚は無さそうだが……鯨の中からの生還ってのは九死に一生レベルの奇跡だ。


 それだけに、でお嬢様を殺しておけば後々の理由付けが楽になる。


 『衰弱しているだろう』というのも予想に難くなく……。


 ここで手を緩めるわけがなかった。


 むしろ今夜決め切るつもりでいるのかもしれない。


 それだけの根回しと周到な準備を感じる。


 ぶっちゃけ俺を引き込めたお嬢様は、随分と天運がお有りだと思う。


 本人からしたら『ちょうどいいところに居たから』程度の認識なんだろうけど……。


 元は脱出のための一役程度だったもんなぁ。


 自分につけられている騎士団を撒くための……。


 鯨に食われたのに偶々たまたま先に食われていた漁師共に助けられて、鯨が打ち上げられた街では偶々隠し通路を知っている館があって、脱出する手段として偶々恩を売られた水魔法使いが居て……。


 これも俺が『魔法使い』じゃなければ騎士団が迎えに来るまでなかったんじゃないだろうか?


 しかも偶々一緒に食われてたシェーナポニテという目撃者証人が居たからこそ、その発言にも信憑性が生まれたのだろう。


 それで、本来なら襲撃を免れないアニマノイズの撃退も出来たという……。


 …………めちゃくちゃ運良いね?


 分かってたけど……人生って平等じゃない。


 怖々と通りを眺めているのに見つかっていない桃色掛かった金髪ハーフツインの少女を、色々と諦めた視線で見つめる。


 俺の視線にお嬢様が、眦を釣り上げて言う。


「なによ? あんたも少しは警戒したらどうなの?」


「……はい。全力で警戒します」


 あの獣混じりアニマノイズとかいうゴツい奴ら相手じゃ、俺も油断出来ないので。


 店を出る時点で両強化を三倍にして感覚の結界を張っている。


 それでもどれだけ持つかは分からない。


 随分と増えた魔力量だが、さすがに三倍を廻せる程ではないからだ。


 これが両強化の二倍程度なら一月でも二月でもいいのだが……。


 時間制限タイムリミットを設けられた以上、こちらも動かなくてはと今度は俺が問い掛ける。


「それで? お嬢様。この後の計画は?」


 逃げ出す事に頭がいっぱいで「無い」と言うのならそれでもいい。


 そん時は中央とやらに願い出ようぜ。


 聞いた話、たぶん最高権力者王様に裁可を委ねるのが一番簡単だと思う。


 貴族的に何やら良くなさそうだけど。


 そんなことは平民の中の平民である俺には預かり知らぬことである。


 問い掛けられたお嬢様は、一度頭を引っ込めて……誰もいないというのに周りを確認してから、声を潜めて言ってきた。


「まず街を出るわ。……こっそり街から抜け出るルートを知ってるの。これも叔父様から教わったことなんだけど……たぶんお姉さまは知らないと思うから大丈夫。付いてきなさい」


 おお……意外と計画的。


 コソコソと腰を落として進むお嬢様に倣いながら、同じく声を潜めて続ける。


「街を出て、どうするんです?」


「決まってるでしょ? お父様を探すわ。お父様さえ見つかれば、お姉さまの暴挙を止められるもの。全て白日の下に晒して……お姉さまは、たぶん蟄居処分になるわね。……ちょっと可哀想だけど、それも已む無しよ。いくら後継を名乗りたいからって、アニマノイズを使うだなんて……正道に反するわ」


 ……そこぉ?


 まるで命を狙われることより、刺客にアニマノイズを使うことの方が悪いみたく言うじゃん……。


 あまり気持ちのいい話題ではなかったので、他の話題に変えるべく口を開いた。


「それにしても……俺の港での審査といい、その街から抜けるルートとやらといい……随分と警備に穴がありますよねぇ……」


 治安、大丈夫?


 続く言葉をオブラートに包むべきか悩む俺に、『なんだそんなこと?』と言わんばかりの表情でお嬢様が言う。


「当たり前じゃない。ある程度抜け道を用意しておかないと……? あんたも元貴族なら分かるんじゃない? 綺麗事だけで統治は出来ないものよ」


 正道はどうした?


 ふと脳裏に浮かんだのは前世の政治家だ。


 それでなくても歴史に学べる『統治者だけは別』という考え。


 …………ってのは何処の世界でも似たようなもんなのかもなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る