第508話
しかしまあ……あのお姫様と違って、『訪い人』云々を疑っているわけではなさそうだ。
単純に『貴方、何者なの?』的な話なんだろうなぁ……。
ちゃんとボディーガードの役割を果たしたところからして、いわゆる『お姉さま側』を疑ってはないんだろうけど……。
だからこそ不気味さが残るって話だろうか?
糖分を補った頭がゆっくりと回転を始める。
久しぶりの甘味に『そういえば甘い物の味ってこんなのだったよな?』なんて思いつつコーヒーっぽい飲み物にも口をつけた。
苦い。
「……いま食べてる場合?」
「いや……なんかめちゃくちゃ美味しくて、つい」
まさに『フォークが止まらねえ!』ってやつだね。
「それで? あんたが何なのか、ハッキリしてくれる?」
「……いや、何と申されましても」
ただの村人なんだよなぁ……。
他の転生者と違って、俺の方はどうにも神様とやらに会ってないばかりか、『約束』とやらにも覚えがない。
特殊な地位に生まれついたわけでもなければ、魔王を倒すための旅をしているわけでもない。
この世界で任された仕事と言えば、畑の管理ぐらい……。
しかしそれを正直に話したところで、このお嬢様が信じてくれるかどうか……。
未だに手に持つ杖で、エイッ! と殺られるのがオチなんじゃなかろうか?
かといって何か創作するのも面倒だし……。
…………ああ、ダメだ。
頭が回り始めたところで、必ずしも賢い遣り方が思い浮かぶと思うなよ?
凡人ナメんな。
「普通に生きてきて……なんか普通に使えました」
急かされるように見つめられて、出てきたのはそんな言葉だった。
これが犯人の供述なら取り調べの時にカツ丼は出て来ないだろう。
「ふ、普通にって……」
「いや、本当に……」
困惑に困惑を返すのもあれだけど……俺にとっての魔法ってそうなんだよね。
これが俺に与えられた、いわゆる『チート能力』かもって思わないでもないけど……それにしては使い勝手が悪い。
想像通りに行くこともあれば行かないこともあり……。
中でも身体強化は割とあやふやなイメージでも使えたという特殊な部類である。
『なんか体を強く』
そんな感じだった。
「でもじゃあ、やっぱり氣属性なんじゃない? 貴方、氣属性と水属性の
しかしお嬢様の疑問には首を振っておこう。
「いえ、この身体能力を上げる魔法? は物に使えた試しがありません。なので剣に掛けるとかも無理です。当然なんですけど、他人を強化するとかも無理ですね」
「ま、魔法? あんたのあれ魔法なの? なんか……実はよく分からなかったけど、あのアニマノイズと殴り合ってた? やつ……」
あ、よく分からなかったのね……。
そうだね、お嬢様は吐くのに忙しかったもんね? 別に他意はないですけど。
「魔法ですよ。しかも魔力をめちゃくちゃ使います。甘い物で回復です。故にここで食べておくのは仕方のないことかと……」
「あまり嘘つかないでくれる? 信用なくなるから」
……ちょっとしたジョークなのに。
据わった目で杖をパシパシとさせるお嬢様は、ベテランの看守も真っ青な貫禄だ。
将来、職にあぶれる心配はなさそうだね? 良かった良かった……。
よし、話題を変えよう。
「だとしてもラッキーじゃないですか? 相手の……アニマノイズ? も氣属性持ちっぽいわけで……。正規の属性じゃないにしても、対抗出来る手段があるのは幸運ですよ」
お嬢様の怒りと話を逸らすべく、好要素だと言ってみた。
まあ、命を狙われてる時点で『好』もクソもないんだけど。
しかしこれにお嬢様は首を振られる。
「アニマノイズに属性は無いわ。神に愛されてない生命だもの」
「そんなバカな」
思わぬ言葉に感想が直ぐに口を衝いた。
……いや、いやいや……ええ? だって、三倍と殴り合え……ええ?!
俺の驚き様にお嬢様は呆れ顔だ。
「……あんた、本当に何も知らないのね? アニマノイズに属性持ちは存在しないわ。血が穢れてるせいでね。いーい? 神々が人に与えた聖なる御業が魔法よね? だけどアニマノイズが魔法を使えた試しがないの。これはアニマノイズが生まれつき神々から見放されてるせいだとされてるわ。聖典に記された『獣の穢れ纏いし』ってやつね。だから属性を持って生まれるなんてあり得ないし、必然、魔法も使えないわ。……こんなの何処でも同じ解釈でしょう? あんたまさか、教会も行ったことないなんて言わないでしょうね?」
酷い差別発言に世界間格差を思い知ってるところである。
異世界にもそんなのあるんだなぁ……いや、むしろ異世界だからこそあるのか。
しかもドゥブル爺さんの言ってた話と違うし……。
……ドゥブル爺さんは、確か人が神から魔法を奪った的な話をしていたような……?
なんか『知恵の実』的な神話で……。
まあ、そこはお嬢様も言ってるけど聖典による解釈の違いというやつなんだろうけど。
……それでもなぁ。
「いや……属性持ってない人なんて、それこそ山のようにいるじゃないですか? なんでアニマノイズだけ……」
「なに言ってるのよ? 見た目からしてハッキリしてるじゃない。あんなのもう人種とは呼べないわ。どちらかと言うと獣ね。あんなのを刺客に使うだなんて……お姉さまは貴族の矜持すら無くしてしまったのね」
……これが環境の違いってやつなんだろうか。
プリプリと怒る……素直でチョロいお嬢様を見つめていると、少しだけ切ない気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます