第507話
「そもそも『氣』が何なのか分からないんですが?」
剃ってる坊主頭のことかああああ! ……で合ってる?
正直、手から怪光線とか出せないから違う気もしてる。
どちらかと言えば、ふう〜〜〜〜……これで四十%ってとこかねぇ? の方に思えるんだが……。
しかし分からないのは俺だけだと、不敵な笑みを浮かべるチョロ女子が無言にも訴え掛けてくる。
無知な私めに得意満面なお嬢様は、危ない棒を振り回しつつもレクチャーしてくださるようだ。
危ないからしまえ。
「他国の貴族ってば本当に駄目ね! これじゃ他の国における貴族教育も、お里が知れるってものだわ! 仕方ないわねえ……私が教授してあげようじゃない! 『氣』っていうのはね? 戦う
ズビシッ! と杖を突きつけてくるお嬢様に驚きだ。
すげえ、何も情報が増えやしねえ。
ここにジト目さんが居たらあれだぞ? 言わなくてもいいボソリ一言からのケンカ発展が目に見えるようだぞ?
……仕方ない。
俺はこのチョロ貴族から情報を引き出すことにした。
興味があるかと言えば否だが、あの鬣男のこともある。
何か弱点的なものだってあるかもしれない。
コスい遣り方かもしれないが、それが村人ってもんだろう?
村人ってのは一般という言葉を隠れ蓑に大抵はコスいんだから間違いないよ。
俺はお嬢様に質問した。
「その属性の魔法を使えば、身体能力が劇的に上がったりするんでしょうか?」
自分の経験を踏まえて。
しかし投げ掛けられた言葉にキョトンとするお嬢様。
「なによそれ?」
早々に間違った気配。
ええ……だってそういうもんじゃないの?
魔法だよ、魔法。
属性って言うぐらいなんだから、『氣』属性が使える魔法の中に、身体強化魔法と肉体強化魔法があるんじゃないの?
今までそう思ってたんだが……?
というか実際に使ってるからして、確実に存在するよね?
つまり――――
「……なるほど。お嬢様にも答えられない……と、いうことですね?」
『大した情報持ってねえなこのペチャパイ』という言葉をオブラートに包んで言ってみた。
失望を露わにしたジト目のオマケもつけて差し上げよう。
お嬢様も顔を赤くしてお喜びだ。
「ち、違うわよ! あんたが突拍子もないこと言うからでしょ?! 私が知ってる氣属性持ちっていうのは、魔力を『氣』とかいう訳の分かんない力に変えて戦う蛮人だって言ってるの!」
……変えて?
変換? コンバート?
……それじゃ手から怪光線っぽい力になっちゃうじゃん。
そんな筈ないよ……だって波は出ないもの、波は。
なんか全力で殴ると空間がグニャア言うけど。
紅茶で調子を整えたお嬢様が、今更のお澄まし口調で講義を続ける。
「いい? 氣属性持ちっていうのはね? 氣を体に纏わせて戦うの。その纏った部分の攻撃力が飛躍的な上昇を見せることから『戦う力』って呼ばれてるわ。拳に纏えば岩を砕き、剣に纏えば鋼も断つ……って話よ。まあ、見たことはないけど。他の属性と違って滅多に現れるものじゃないのよね。……でも間違えてはないわよ? ちゃんと習ったもの。常識よ、常識」
……いやいや、だから違うって本人が言ってるじゃん。
「お嬢様が知らないだけで、その『氣』を使った魔法が存在するのでは? もしくは氣属性持ちが魔法を使えばそうなるとか?」
「無いわね」
断言するお嬢様は、今度は余裕の表情で紅茶を口へと運ばれている。
……かなりの自信がありそうだ。
「何故です? だって見たことないんでしょう?」
「氣属性持ちでも人である以上、魔力があることに違いはないわ。魔道具は使えるって話ですもの。でもね? 氣属性持ちはそもそも『魔力を練る』ことが出来ないらしいのよ。私達魔法使いが魔法を世に放つには、幾つかの条件をクリアしなきゃならないわ。詠唱然り、必要分の魔力の練り上げ然り、ってやつね。これが氣属性持ちには不可能って話なの。その段階で魔力が『氣』へと変換されるらしいから。それが本当だとしたら、どう逆立ちしたところで魔法なんて使えないわね。違う?」
…………そうなん?
「これはれっきとした事実よ。連綿と受け継がれる帝国の教史の一つだわ。いくら希少だからって、古い歴史を持つ帝国に氣属性持ちが一人も生まれなかったわけないでしょ? ちゃんと裏取りされてると思うわ。しっかりとした研究に裏付けされた史実ってやつね。それに氣属性持ちだって……他の属性を『使えるんじゃないか?』ってアプローチしたことがあると思うのよ。他者より抜きん出たいと願うのは世の常だもの。自分が史上初となれれば……なんて考えるのは必然じゃない? 誰もが一度は挑戦したことがあるんじゃないかしら? ……でも氣属性との複数属性使いなんて、音として聞こえて来なかったわ。これは帝国だけの話じゃなくね? 人が空を飛べないぐらい当たり前の話なのよ」
……あれ? いつの間にか話がヤバい方向へ――――
「――それで?」
カチャッ、と静かに置かれたティーカップにビクリと肩がハネる。
不貞腐れた表情に疑惑の眼差しを称えた貴族のお嬢様がこちらを見ていた。
「あんた何なの?」
なんてこった……。
まさかここに来て、異世界からの転生者ムーブが到来しようとは……。
お釈迦様でも思わなかったことだろう。
……てっきり才気煥発としたお姫様辺りが俺の正体に迫るのかと思いきや……。
――――マヌケにも鯨に食われてたチョロ貴族令嬢様だっていうんだから……。
やはり俺の異世界転生は色々と間違っていると思う。
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